楓 〜ひとつの恋の話〜【短】
「楓……。それって……」


「やっぱり明日から控える事にして、今日は特別なやつにして貰おうっと!」


あの日には苦く感じたブレンドコーヒーは、今ではすっかりお気に入りだ。


あれ以来、クリスマスにだけ裏メニューとして淹れてくれる“特製ブレンド”も健在で、奇しくも今日はそれが飲める日。


「早く行こう」


「え、いや、それより今は……」


「それは歩きながら話すから。ほら、早く!」


彼を急かしながら、久しぶりに白いマフラーを首に巻いてコートを羽織る。


戸惑いを見せながらも身支度を整えた彼の、マリッジリングを着けた左手。


その手を引いて、よく晴れた空の下に出た。


随分と景色の変わってしまった駅前と商店街を抜け、路地を一本入ってしばらく歩いたところで見えて来たのは、古びた看板。


きっと、今日も空席ばかりだろう。


 ― カランカラン……


「いらっしゃい」


響いた鐘の音にどこか懐かしい気持ちを抱き、昔と変わらない笑顔で迎え入れてくれたレトロな喫茶店のマスターに満面の笑みを返した――…。


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