ウェディング・チャイム
「本当ですか? 何だかそれ聞いて安心しました!」

「うん、ホント。結局さ、人間性に惚れないとダメなんだなっていうのがようやく分かったんだ。だから俺の黒歴史も無駄じゃないって事」

 甲賀先生の過去も私の過去も、それぞれかなりの傷になっているのだけれど。
 でも、既に『古傷』って言えるほど、立ち直っているのだと思う。
 ただ、私はまだ人間関係を築くのが下手だと思う。適度な距離感がわからない。だから大崎先生に『甲賀先生を無視しないで』という事まで忠告されてしまうのだろう。

 ああそうだ、このことをちゃんと甲賀先生に話さなくては!

「あの、甲賀先生。今まで私……」

 そう言いかけたその時。

 ヒグマの部屋のドアが開いた。そして中から、青ざめた顔をした一組の男子……村岡君が出てきて、よろよろと私達の方へ歩み寄ってきた。

「甲賀先生……ごめんなさい、さっき布団の中で吐いちゃった……うえっ……」

 すぐ顔を見合わせた私と甲賀先生は、それぞれの役割を遂行した。

 私はジャージのポケットからすぐティッシュとポリ袋を出し、甲賀先生に手渡して言った。

「私がフロントに連絡してきます」

「その前に汚した布団を部屋から出しておいてもらえると有難い。村岡はとりあえず袋を口に当てて。俺の部屋で休みなさい」

 確かに、同室の子ども達に感染するような病気だったら大変!
 私は大急ぎでヒグマの間へ行き、汚れた布団一式を部屋から引きずり出し、フロントへ謝りに行くことに。とほほ。


 ……こうして、大事な事を伝えられないまま、修学旅行の夜は過ぎていきました。

 でも、あの夜以来、甲賀先生が私に対して、以前よりさらによく話しかけてくるようになった気がするんだけれど。
 さらに子ども達がまた、結束を固めたような。やっぱり一晩一緒にいると、仲間意識も強くなるのかも。
 何だかんだでとっても楽しい修学旅行だったし。


 ちなみに、村岡君が吐いたのは、病気ではなく夜中におやつを食べ過ぎたことによる、胃もたれが原因だったとのこと。

 夜中にブタメンとポテチとチョコとコーラなんて胃に入れたら、吐くのも無理はないと思う。甲賀先生は修学旅行から帰って来て早速、五年担任の八木先生と渋谷先生に「来年の修学旅行では夜中のブタメン絶対禁止!」の引継ぎを言っていましたとさ。

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