ウェディング・チャイム

 私に呼ばれて、舞花ちゃんがふくれっ面でやってきた。

「ここでは話しにくいから、ちょっと離れようか」

「どこに行くんですか?」

「視聴覚室。ついでに五時間目の準備もしたいから」


『いただきます』の前のおよそ十五分、わずかな時間でどこまで話せるか……。


 舞花ちゃんには視聴覚室の椅子に座ってもらい、私も斜め向かいに椅子を移動して話を聞く。


「どうして言い合いになっちゃったの?」

 できるだけ穏やかに話しかける。焦っちゃダメ。

「だって、里香がうちらのこと、性格悪いとか言いふらしてるんだもん」

「それは、絶対そうだって言い切れる? 聞き間違いじゃない?」

「気のせいじゃないもん。さっきだって、うちらの方をコソコソ見ながら何か言ってた。で、『嫌い』とか『汚いよね』とか聞こえたし」


 それはまた断片的、なおかつ聞こえてきたらドキッとする言葉だなぁ、と思った。

 でも、これだけじゃわからない。何に対してその言葉を使ったのか。


「それで、舞花ちゃんはどうしたの?」

 私の問いかけに対し、舞花ちゃんは膝の上の両手を握りしめて答えた。

「何か文句あるんなら、はっきり言ったらどうなのって言ったよ。そしたら『それはこっちのセリフだ』って返されたの。訳わかんない」

 
 なるほど、彼女にとっては『言った』『言わない』の問題なんだと気づいた。

 しゃべっていないことは、悪口ではない、と。口を使っていないから、ね。


「じゃあ、舞花ちゃんは里香ちゃんに対しての悪口とか言ったことない?」

「ないよ」

「ふうん。……メールとかSNSでも?」

「……」


 黙ってしまった。まだ小学生、わかりやすいなぁなんて思ったり。


「舞花ちゃん。バレてないと思っても、こういう情報ってすぐ周りに広まっちゃうからね。友達限定のSNSでも、例えばスクショで保存しちゃえば誰にだって見せられるし、メールやネットにUPすることもできるでしょ? 文字で書いたものは言葉と違って残っちゃう。ある意味、悪口よりたちが悪いかもね」

「……」

「里香ちゃんの耳か目に、伝言ゲームや伝言メモみたいに届いてしまったのかもよ?」

「……」

「秘密ってね、例えばサプライズパーティーみたいな素敵な秘密……いい秘密は守ってもらえるの。でも、悪い秘密を抱えたままだと辛くなったり、してはいけないことだと思ったら、黙っていられないよね?」

「……はい」

「里香ちゃんに対して、何か思い当たることがあれば、早いうちに謝ったほうがいいと思うな」

「……」

「そろそろ時間だから、まずは給食を食べよう!」


 二人で教室へ戻ると、既に『いただきます』を始めようと日直が前に出ていた。

 先生遅い~! などというやじが飛ぶ中、ごめんごめんと手を合わせて、そのままいただきますをした。

 
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