ウェディング・チャイム
 
 スキー場に到着するのが遅かったので、午前中は二回滑り降りる、というか、転げ落ちていくのがやっとだった。
 
 遅めのお昼ご飯を食べようか、という提案を受け、スキー場に隣接するラウンジで、カレーを食べながら甲賀先生とおしゃべり。


「初心者コースでこの傾斜ってことは、上級者コースなんてほとんど崖を降りるようなものじゃないですか?」

「ん~、まあ、そうかも。大丈夫、学校で行くスキー場はそんなに難しいコースじゃないから」

「私でも滑れると思います?」


 ちょっと、間があった。その間のあけ方が正直すぎます、甲賀先生。


「多分、明後日までには何とかなるさ」

「そう、だといいんですけど」

「頑張れ~。スケートで鍛えた足腰を、今ここで開花させるんだ!」

「絶対、明後日にはスイスイ滑れるようになりますからねっ!」



 今、私達がいるのは、十勝から高速で一時間ほどのところにある、トマムのスキー場。

 ここへ来る前に、二人で私の実家へ挨拶に行ってきたのだけれど、案の定お母さんは少し心配そうな目で私を見ていた。

 甲賀先生に対しては、高評価らしい。

 お父さんとは全く違うタイプだから、大丈夫だと電話で伝えていた。

 それでも、お母さんはかなりの男性不振になっている。

 お母さんの信頼を勝ち取るためには、ずっと幸せな妻でいなくてはならないのだと思った。


 その前……新年のご挨拶も含めて甲賀先生のご実家へ行った時には、甲賀先生の予想通り、大歓迎された。

 これがもしかしたら、嫁に出す側と、嫁をもらう側の気持ちの差、というものなのかも知れない。

 たとえお嫁に行っても、私はお母さんの娘であることに変わりはないのに。


「やっぱりトマムはいいなー。ここだと知り合いに会う確率は低いし、雪質はいいし、霧氷テラスの眺めも楽しめるし」

「小樽からだと遠いですからね。みんな市内かニセコのスキー場に行っちゃいますし」

「そうそう。だからここを選んだんだけどさ。美紅の実家に近くて、誰にも詮索されずに過ごせるところだから」


 私達がお付き合いをしていることは、身内以外、誰にも伝えていない。

 卒業式前にバレてしまうと、子ども達も保護者も困惑するから。

 きっと、大騒ぎになってしまう。

 人事発表の前に職場には伝えなくてはならない。けれど、そこは先生方にも協力してもらって、子ども達と保護者には卒業までは隠し通そうと、私達は考えた。


「さて、カレーも食い終わったし、もうひと滑りするか!」

「……頑張ります。もう、あちこち身体が痛いんですけど」

「終わったらゆっくり露天風呂に浸かって、マッサージすればいいさ。とにかく滑るぞ! 習うより慣れろ!」


 結局、薄暗くなるまでその日の練習は続けられ、二・三回転びながらではあるけれど、初心者コースを滑り降りることができるようになりました……。



 露天風呂へ行くパワーを使い果たしてしまった私は、甲賀先生に『見ないで!』と釘を刺しつつ、お部屋のジャグジーで済ませる。

 メゾネットタイプのお部屋で、二階のジャグジーからは、ナイター照明で美しく照らされたコースが見える。

 この『スキー合宿』は、全て甲賀先生が手配してくれたので、私は何も知らなかった。

 リゾナーレ・トマムのスキーパックで、ツインルームだったということを。

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