ウェディング・チャイム
 甲賀先生は発掘したプリントを手渡しながら、八木先生には聞こえない位の声量で囁く。

「うまく切り返せたな。ちょっと意外だ」

 意外って、どういう意味?

 向かいに座る八木先生の手前、その言葉の意味を問うこともできず、私はまたパソコンで二枚目の学年通信を作成しはじめた。


 本日、四月一日を迎えるまでの二週間、私も甲賀先生も大忙しだった。

 私達が勤務する小樽市立森が丘小学校は、五年生から六年生までの二年間、担任は持ち上がりとなるのが慣例で、保護者と子ども達はそれが当たり前だと思っている。

 もちろん、私もそうなると思っていた。

 ……ほんの少し前までは。

 五年二組を担任していた女性教諭が、ご主人の本州転勤に伴い、突然退職することになってしまい、状況が一変。

 この時期に辞表を提出されると、代わりに着任できるのは新卒の臨時採用教員しかいない。

 期限付きの新卒教員にいきなり最高学年の担任を持たせる訳にはいかないと管理職は考えたらしく。

 いろんな先生に新六年二組担任を引き受けてもらえないかと打診したけれど、校内人事もほぼ決まっていた時期に、突然の変更はスムーズに進むはずもなく。

 ……結局、採用二年目の私がそのクラスを引き継ぐこととなり、現在に至る。

 やっと出来上がった学年通信二枚を印刷室へ回して、ちょっとだけ休憩。

 職員室の隅っこに置いてあるコーヒーメーカーからマイカップに注ぎ、自分の席に戻る。

 甘党の私は、もちろんお砂糖をたっぷり入れた。
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