ウェディング・チャイム

「甲賀さんは……頼れる上司で……憧れの先生で……」

 ゆっくり、今までの事を考えながら、言葉を紡ぎ出す。

 目の前の人は、それを聞いて、わずかに目を細めた。

「ただの同僚?」

 そう問われて、首を振った。

「じゃあ、続きは?」






「……気持ち悪いです……」

「は?」

 怪訝な表情を見せる甲賀先生を睨み付けて、余裕のない私はきっぱり言った。

「だから気持ち悪いんですってば!! 吐きそう!! トイレ!!」

「ま、待てっ! ここで吐くな! 今すぐ鍵開けるから!」

 ガチャガチャと大慌てで鍵を開けてくれた甲賀先生にお礼を言う余裕もなく、家の中に飛び込んでトイレを目指した……。




 翌朝、ズキズキと脈打つ頭を抱えながら新聞を取りに行くと、昨日の飲み会へ持って行ったバッグが置いてあり、家の鍵は新聞受けから中に押し込まれたような状態で、玄関に落ちていた。

 確か、二次会には行かずに、甲賀先生と八木先生と私の三人で相乗りして帰って来たような気がする。

 何だかものすごい罪悪感が心の中に残っているのだけれど、それがどうしてなのか覚えていない。

 それより、目が痛くてちゃんと開かない!

 コンタクトを入れたまま眠ってしまったらしい。

 メイクも洋服もそのままで、ベッドに入ってしまったようだ。

 どうやってベッドまでたどり着いたのか、全く覚えていないけれど、何だかとても悪いことをしたような気分で、頭よりも心の方が痛かった。

 多分、何かやらかしたのだと思う。

 週明けに出勤したら、甲賀先生と八木先生には謝っておいた方が良さそうだという結論に達した私は、コンタクトを外して目薬をさしてからもう一度ベッドにもぐりこんだ。


 アイスミントの香りが一瞬、ふわりと漂ってきた。

 枕元に、メモが置いてあった。

『続きは、また今度』

 何の続きなのか肝心なことがわからず、その香りとメッセージに、泣きたくなった。

 また、胸が痛んだけれど、さっきとは違う。

 罪悪感とは別の感情、なのかも知れない……。

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