婚恋

それぞれの思い

翌日、店先で開店準備をしているとよく知った顔が2つこっちに向って
歩いてきた・・と言うより目が合った途端小走りだ。
そして開口一番
「陸から聞いた。お前本気かよ!」
・・・陸が自分で話すって言うから私からは連絡しなかったが
いつ話したのよ陸は。
どう考えたって昨日とか一昨日って感じだよね。

何となく怒られている様に思えて、思わず視線を逸らしながら
「陸の言ったとおりです・・・」と答えると
2人の男・・・いや、松田君と藤堂君は思いっきり溜息と肩を落とした。
「まじかよ・・・・」
松田君は頭を抱えながらしゃがみ込んでしまった。
「ちょ・・ちょっと、なんでそんなに落ち込む訳?だって今回のは
あくまでお芝居でしょ~~」
そうお芝居なの・・・悔しいけど、だからあからさまに落ち込まれても
困るというか・・・松田君がここまで落ち込む必要ないのでは?
そう思ったがさすがにこの光景は目立つと思い
両親に事情を説明し、店の2階の休憩室へと移動した。

「はい・・・コーヒーどうぞ・・・」
向かい合う様に座るとコーヒーを差し出した。
3人は無言でマグカップに口をつけると
ほぼ同時にテーブルにマグカップを置いた。

きっといろんな事を聞かれる。
私の本音も聞かれるだろう・・・だけどこの2人には嘘はつけない
これからもバンドを続けていくのであればなおさら・・・
私は小さく深呼吸をすると2人に視線を向けた。
「で・・・陸からはどこまで聞いたの」
覚悟を決めて2人に問いかけた。
最初に話だしたのは藤堂君だった。
「昨日夜遅くに百恵ちゃんとの結婚が白紙になったって連絡が来たんだ」
「昨日?」
昨日、海から帰ってから連絡したの?
遅すぎじゃないの!!陸ったら一体何考えてんの?
「そう・・・昨日だよ。で、白紙になったけど結婚はするって言うから
また驚いてさ~~そしてら結婚相手が春姫っていうからさ~~
一体どうなってんだよって話でね。しかも俺らは急遽新婦側の席にしてほしいとか
お願い事もいっぱいされてさ~~。・・・・で?詳しく聞くなら陸より
春姫だろう?って思ってきたわけさ」
一気に喋って疲れたのだろうか藤堂君はコーヒーを飲んだ。
ずっと黙っている松田君に視線を移せば何か言いたそうな様子だった。
「百恵さんとの結婚がダメになったのは本当よ。陸と付き合っていたけど
ずっと忘れられない人がいてその人との間に赤ちゃんが出来たらしいの」
そこまで言うと2人は顔を見合わせながらかなり驚いていた。
「でも式まで1週間、今キャンセルするとキャンセル料かかるし
陸の会社での立場も悪くなるでしょ。それで、1週間だけ私が百恵さんに
なってあげることになった。もちろん花嫁さん役だから実際には
籍も入らないし・・・うちはこの通り自営でしょ。
本当の式じゃないけど周りへの影響は薄いでしょ。」
笑顔で元気に喋ってる自分がとても滑稽に思えてしまう。

「春姫は・・・春姫はそれでいいの?」
今まで黙って聞いていた松田君がまるで私の心の内を読み取るかのように
鋭い質問をぶつけてきた。

それでいい訳ない。
百恵さんとして陸の横に並んで幸せそうな顔をする姿をなんど想像しただろう。
みんなから祝福をされていても陸の心の中には私ではない人の姿を
追っている。
籍だってもちろん入らない。
だけどそれでもそばにいたいと決めたのは誰でもない自分だもん。
「・・・うん。」
一瞬松田君は目を見開いた様だった。
「春姫が納得してるなら俺は何も言わない。俺らも式が成功するよう
協力するよ!」


それからしばらくすると2人は帰っていったが
帰り際に
「あ!ごめん藤堂・・・おれ2階に忘れ物しちゃって・・・先に歩いてて」
というと松田君は私の手を掴み再び2階へと上がった。
「松田君・・忘れ物って・・・」
部屋には忘れ物らしきものはなかった。
「春姫って・・・本当は陸の事すきなんだろう?」
いきなりの直球に私は固まった。
「いつ気付いたの?自分の気持ち・・」
ダメだ・・・松田君には隠し事は出来ない。
「・・・招待状が届いた時・・・遅すぎでしょ~~」
笑って見せるも松田君は表情を変えようとはしなかった。
「同じ質問するけど、春姫はそれでいいの?もしかしたら陸の心に
春姫はいないかもしれないんだぞ。名前だって春姫じゃなく
百恵って名前で式をあげるんだよ。みんなからの祝福だってー」
「わかってる!」
気付けば涙が溢れていた。
「春姫・・・・」
「わかってるけど好きなんだもん。好きだったって気付いちゃったんだもん。
 苦しいよ、私に百恵さんを重ねているんだもん。だけどどんな理由でも
私は少しでも陸のそばにいたいの・・・・陸の…陸の役に立ちたいの・・だから」
話を続けようと思ったが松田君に抱きしめられた。
「わかった・・・もう言うな。春姫の気持ちはわかった。
 ・・・くそっ。こんなことなら・・・春姫が自分の気持ちに気付く前に
俺の物にしてしまえばよかった。」

え?・・・・
どういう事?
「好きだった・・・・」
「え?」
いきなりの告白に心臓がバクバクしてきた。
「春姫が陸の事好きだったことなんかずっと前から気付いてた。
でもいつも否定するから油断してた。」
「松田君・・・私ー」
だがその先の言葉は松田君の言葉でかき消された。
「大丈夫。俺のはいる隙がないのはずっと前からわかってたから・・・」
「え?」
言っている意味がわからず問いただそうとしたが
「大丈夫だよ。陸なら・・・・」
その言葉の意味を聞こうと思ったが松田君は言いたい事だけ言うと
抱きしめていた腕を離し
そのまま私を残して階段を下りた。

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