jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
わたしは、椅子に座っているにも関わらず、足元が歪んでいくような錯覚に陥った。
天井と床が逆さまになりそうなほど、混乱していた。
秀斗の言葉も聞こえなくなるほど、がむしゃらにラッピングを解いていった。
(この箱の中に、香さんがいる)
桜色のバンドに、小さな丸い時計、中心には蕾の柄の彫刻。
紛れもなく香さんが生み出してくれた蕾のマークだった。
そして、時計の裏には文字が彫られていた。
『I LOVE YOU』

「・・・・・・秀斗、秀斗はさ、わたしとずっと、ずーっと親友でいてくれる? わたしには親友が誰1人としていないの・・・・・・」
「あぁ、いるよ」
秀斗は、切ないような満足しているような、複雑な表情を浮かべていた。
わたしは、今、どんな表情を浮かべているんだろう。
「腕時計ありがとう。ねぇ、わたし、蕾でしょ。どうせなら、幸せな花を咲かせたいの。 この時計の彫刻を見てたら、そう思えた。あの・・・・・・ごめんなさい。ちょっと急用を思い出した」
わたしは、財布から数枚紙幣を取り出し、テーブルの上に置いた。
そして、椅子から立ち上がり、驚く秀斗に笑顔で手を振った。
「お釣り、いらないから」
足取り軽やかに店を出て行った。
こんなに身軽に感じるのは、何年ぶりだろうか?

転げ落ちた道を進んでいく。
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