雪の足跡《Berry's cafe版》

「今日もよろしく」


 スクール専用の建物から出て来た八木橋さんは口元をニヤつかせながら私の元に来た。ついて来い、と顎をしゃくる。私は返事をするのも癪でノーリアクションのまま後ろにつく。昨日とは違うリフトを2本乗り継いで、別のコースに着いた。


「今日はここで。コースは途中で枝分かれするけど好きな方で滑って」


 そう言うと八木橋さんはストックで挨拶して先に下りて行く。私は言葉も出ず、彼の跡をついていく。今日の天気は晴れ。昨日溶けた雪はシャーベットになり、一晩経って凍った場所もある。今日のコースは中級らしい。

 昨日、あのあとはレッスンの予約をし、部屋に戻って着替えた。夕方から近くのスーパーまで車を出して食材を買い込む。米、パン、肉、魚、野菜、ワイン、チーズ、お茶、コーヒー、牛乳、果物。旅費を節約するのと昼時に混むレストハウスやカフェテリアを避けるために自炊。勿論このホテルには私の泊まるコンドミニアムの他に普通の客室もある。と言うよりそっちのほうが室数もあって一般的。なのにレッスン代に8000円……。そんなに払う位なら食事付の部屋にだって泊まれるじゃない、携帯を落とした私が悪いんだけど、これから毎日レッスン代を出さなくちゃいけないのかと思うとため息が出た。ワイングラスを片手に米を研ぐ。ご飯を炊いてる間に露天風呂に行く。芋洗いのような浴室。部屋に戻り食事。ワインをもう1杯飲んで就寝。朝は使い捨てのドリップコーヒーを淹れてパンを流し込む。そして支度をしてスクール開始の10時にはゲレンデに出た。

 リフトの下を眺める。白い斜面を赤いウェアが通る。飄々と滑る奴を憎らしく思う。人の弱みに付け込んで仕事をサボる。


「ヤギっ!」


 後ろから男の声がした。振り返るとすぐ後ろのリフトに乗った赤いウェアの人が下を見ていた。八木橋さんは、いや、八木橋はストックを上げて挨拶をしてる。ヤギ?、ヤギ。八木橋の“ヤギ”。ニックネームか。

 リフトを降りる。そのヤギと声を掛けた男の人も直に下りて、ゼッケンをつけた私をジロジロと見る。


「あ、キミが八木橋を指名したコ?」
「……はい」


 やっぱり勘違いされてる。私が八木橋をナンパした訳じゃないのに。
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