雪の足跡《Berry's cafe版》

 八木橋はそのままツインの部屋で私と一晩を過ごした。落ち着かないのか仰向けになったかと思えば寝返って俯せになる。私だって自分の体の中に別の生命体がいるなんて別の人間がいるなんて信じられなくて、自分の体を他人のもののように感じた。

 朝早く八木橋は部屋を出て行った。その後は一人で朝食を取り、部屋でまったりした。やはり体はおかしい。朝食バイキングでフルーツやサラダばかりを選び、飲み物は紅茶。エレベーターに乗っただけで酔ったようにフラフラした。悪阻かもしれない、そう思いながらスキーは諦めて帰りのシャトルバスに乗り込んだ。どのみち板は手元にない。

 いつ病院に行こう、早い方がいいだろうか。今、何ヶ月だろう、出産予定日はいつだろうと考える。考えたって知識が無いから答えが出ない。予定日がいつにしろ仕事を辞めなくちゃいけない、いつ八木橋のところに行こう……、その前に。


「……母さんになんて言おう」


 婚前交渉なんて今時普通だけど、やはり抵抗がある。まだ八木橋と“付き合い”始めて2週間なのに、そういうコトをしてしかも無計画にも出来てしまって、節操のない娘だと思われそうで。

 シャトルバスは無情にも駅に着く。母に迎えを請う電話をし、来るまでの間に駅前の本屋で時間を潰した。無意識に立ち止まったのは、育児書の前。


「……」


 笑ってる赤ちゃんと母親らしき若い女性が写された表紙。お腹の中に赤ちゃんがいるって幸せなことなんだろうか。まだ認めきれてない私は母親になる資格なんてないと言われてるみたいで。

 1冊手に取り、会計をする。バッグの奥底に隠すようにしまった。
< 217 / 412 >

この作品をシェア

pagetop