雪の足跡《Berry's cafe版》

 酒井さんの根回しもあって、八木橋はスキー制作会社の研修会に参加することが出来た。でも参加する日は公休日扱いで貯まっていた有給休暇を消化したあとは欠勤扱い、勿論欠勤はボーナス査定にも響く。隔週で出掛ける八木橋の給料からは宿舎代など天引きされ、更に研修に掛かる交通費や宿泊代などの費用も自己負担。手元に残る現金は微々たるものだった。他の社員との兼ね合いもあるから仕方ない。会社としては八木橋だけを特別扱いする訳にはいかないから。

 それでも定職を失わずに済むし、宿舎も追い出されずに済む。結果が出なければ今年度で打ち切り、入賞出来れば来年度からは待遇を良くしてくれる話らしい。


「いよいよだな」
「うん」
「いい匂いだな」


 八木橋との結婚も来週に控え、私は最終の打ち合わせに来ていた。相変わらず殺風景な八木橋の部屋。同じ宿舎とは言え、明日の引っ越しを控えて数箱の段ボールが詰まれている。

 11月も中旬、紅葉の見頃も過ぎて晩秋という言葉が似合う風景になっていた。私は八木橋の部屋で、フラワーファームで収穫されたラベンダーやレモングラスなどを巾着に入れサシェを手作りした。式に来てくれた皆に配るために。花も無い季節、せめて香りだけでも伝えたかった。


「ユキ、ありがとう」
「何よ、改まって」
「仕事辞めたんだろ?」
「うん」


 私はしがみついていた薬局の仕事を先月いっぱいで辞めた。収入がほとんど途絶えて新婚早々貯金を切り崩す生活になる。そんな状態だから新婚旅行もお預けだし、結納金も返上した。本格的なスキーシーズンになれば研修会の回数も泊数も増える。更に切羽詰まるのは目に見えている。

 それでもいい。一から八木橋と何かを築き上げることが出来る。何も見えない一面の銀世界に二人で足跡を付けていくみたいに。


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