雪の足跡《Berry's cafe版》



『個人情報引き出すなんて職権乱用じゃない? 315』



 個人情報を引き出した、という脅しにも取れる台詞。これなら必ず詫びに来ると思った。それと“315”。サイコーとか最後なんて語呂合わせじゃない。3桁の数字はコンドミニアム棟の部屋番号。一般の客室は4桁だからホテルに精通してる人間ならすぐにピンと来る筈。私は敢えて部屋番号だとは印さなかった。

 自分から会いに来て、なんて言いたくなかった。それは八木橋に対して素直に意志を表すのが癪だったのもあるし、女の私から男の八木橋を誘うのも自分を下げてるようで嫌だったから。女ひとりで宿泊してる部屋に男を招き入れることが何を意味するかコドモじゃない、分かっている。

 それに真っ正面から誘って断られるのも怖かった。私に声を掛けたのはほんの“遊び”。携帯を壊されたフリでレッスンに付き合わせてあわよくば合コンに持ち込むつもりだった八木橋に、ストレートに告白したら逃げられる、そう思った。

 遊び、遊びならそれでもいい。一晩、一晩ならそれでもいい。せめて今夜だけ八木橋を独り占めしたかった。今夜一晩が無理なら1時間でもいい。インストラクターと生徒という関係じゃなくて女として独り占めしたかった。今夜、合コンってリフトの上で話していた。合コンになんて行かせたくない。最後の夜だけでも一緒にいたい。他の女の子といてほしくない。もう、旅行が終わってしまえば八木橋はまた合コンに参加出来る筈。だから今夜くらい私と過ごして欲しいなんて我が儘じゃないって自分に言い聞かせて……。

 午後はスキーを諦めた。多分八木橋はレッスンがあるから部屋には来ない。私は冷蔵庫の食材の仕込みをする。野菜を茹で、肉で巻く。フルーツやミニトマトをカットして皿に盛りつけて冷蔵庫に戻す。冷凍室に入れておいた平目を出して解凍する。おつまみに買ったチーズや生ハムも飾り付ける。買い込んだ食材が勿体ないから食べてほしい、というフリで誘う。量的には充分だったけどあるものが足りなくて、私はホテル内にあるコンビニに向かった。そしてチョコレートとホットケーキの素、コーヒーのクリームを買う。

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