婚カチュ。
透明な仕切り越しに、スーツをまとった広瀬さんの姿が見える。
いつもと同じメガネを掛けた顔には表情がなく、その足取りはどこか重い。
彼を見たとたん、わたしの心臓はいつになく反応した。雨の中で、訴えかけるように差し出された右手を思い出す。
彼は面談室の前まで来るとノックもせずに扉を開けた。
そしてわたしと目が合った瞬間、部屋に入らないままドアを閉じた。
「え」
ぽかんとしているわたしを振り返ることもなく、素知らぬ顔でスタッフルームに戻っていく。
開いた口が塞がらなかった。
「な、なに」
忘れ物をしたにしても不自然だ。目が合ったのに、挨拶すらしないなんて。
呆然としていると、スタッフルームのドアが開き、男女がもつれあってこちらに近づいてくるのが見えた。