婚カチュ。

◇ ◇ ◇

自宅の玄関を開けると、居間のほうからレオが一目散に駆けてくる。


「ただいま」
 

頭を撫でてやるだけで至高の喜びだとでもいうように、彼は真っ黒な瞳とふさふさの尻尾で嬉しさを表現する。

犬のいいところはこの分かりやすさだ。従順なレオは家族の誰が帰宅しても、慇懃に玄関へと出迎えに行く。


「あら紫衣ちゃんお帰り。お夕飯は?」

「うん、食べる」
 

居間でテレビを見ながらアイロンをかけていた母親に声をかけ、二階に上がった。階段を上がってすぐの部屋を通り過ぎ、となりの自室に入る。

ため息をついて、わたしはベッドに腰を下ろした。
 

じっとしていると、桜田さんの妖しい笑みと広瀬さんの冷たい微笑が交互に脳をよぎる。
石の塊を呑み込んだように、からだも心も、ずしりと重い。

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