君に恋していいですか?
見送られるのは苦手だ。


どれだけビジネスモードに頭を切り替えていても、潤んだ瞳を見てしまうと腕に抱き締めキスしたくなるからだ。


「じゃあ、行ってくる。」

荷物を持って振り返ると、満面の笑みで詩織が立っていた。


…泣くかと思ったら、案外違うもんだな。


「いってらっしゃい。」

その笑顔は強がりなんかじゃなくて、本当の笑顔。


「今度はわたしが九州へ行くわね。咲さんから場所も聞いたし、行って安心したいから。」


…?安心?

「咲さんから女性の気配はなかったよって言われてるけど…祐太朗さんモテるから心配なの。」


「おっさんだよ?俺は。
幾ら何でもそれはないよ。」


…くしゃ、と笑顔が崩れる。

「祐太朗さんが知らないだけ。
本社でも祐太朗さんを好きだって言ってる人、沢山いるんですよ?


…秘書課の原さん。

…受付の三浦さん。

…総務課の谷川さん。


分かりますよね?」



…みんな元カノ…しかも一昨年までの、身体だけのつながりしかなかった彼女たち。


「詩織、俺は」

「わたしが不安なだけなの。
幸せ過ぎて怖くて。

…祐太朗さんがわたしじゃない人を選ぶかもしれないって思うだけで心臓が苦しくなるくらい…」


胸元をギュッと握る仕草をする詩織。

割り切った関係だった彼女たちの名前が詩織の口からこぼれただけで、胸がざわつく。


「みんな…今でも祐太朗さんのことが好きよ?」

「それは違う、俺はちゃんと割り切ってたし、彼女らもそのはずだった。」

そういう約束で付き合ってたんだ。
身体だけで構わない、と。


「そうかもしれない。
でもね、みんな自分を一番愛して欲しかったのよ。

わたしだって…わたしだって祐太朗さんの一番でありたい。

わたしだけだって言葉を信じたい。」


何があって彼女たちの事を知ったんだろう。
自分の褒められたもんじゃない過去を殴り飛ばしたくなる気分だ。


「だから、安心したいだけなの。」


そういうと、俺の胸に額をくっつけ、ため息を吐きだす。


「この一週間、わたし幸せだったの。祐太朗さんの側で愛して貰えて。だから…贅沢になるのね、きっと。もっと、もっと、って。」


揺れた髪。


震える肩。


「泣くな。」

片手で抱きしめて身体を離す。


「お前と居れて幸せだよ。
誰にも渡さない。
誰にも触れさせない。

約束するから。

いつでも来いよ。待ってる。」


そして最後のキス。


息が上がるほどお互いを求め合う、深い深いキス。


「じゃあ行ってくるよ。」


閉まる玄関の扉。


瞬間、詩織の笑顔が見えた。




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