やくたたずの恋
25.これが、恋?(後編)
 敦也の表情は真剣そのものだ。「結婚」という言葉を、冗談や中途半端な気持ちで言っている訳ではないだろう。
 だからこそ、現実味がないのだ。おとぎ話を語っていると言うべきか、おとぎ話の中の王子様っぽいと言うべきか。
 舞踏会で出会ったばかりの女に求婚する。森の中で寝ている女に、出会って5分も経たないうちにキスをする。敦也の言葉は、そんな迂闊な王子が言いそうなセリフのように思えた。
 それに、雛子には結婚に関する大事な「任務」があるのだ。それを敦也には言ったはずなのだが。
「あ、あの、先日申し上げましたよね? 私は恭平さんと……」
「知ってるよ。君は恭平と結婚しなければならないんだろう?  それは、君のお父さんである横田広明議員が、影山興業から借金をしているからだってことも、ちゃんと知っているよ」
 滑らかな口調で、敦也は雛子の父の名前を口にした。なぜ、それを知っているのか。その問いを挿む暇を、敦也は雛子に与えなかった。
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