やくたたずの恋
27.恋、はじめました。(中編)
 ドアを開けると、中は真っ暗だった。悦子はもう帰ってしまったのだろう。そんな予想をしながら、恭平は玄関と廊下の明かりを点ける。
 雛子を自宅へと送った後、恭平は一人、『Office Camellia』の事務所へと戻ってきた。靴を脱いで、車の鍵をキーストッカーにしまい込み、事務室へと向かう。
「お帰りなさい」
 ドアを開けた瞬間、暗く沈んだ部屋の中から声が聞こえた。これは、暗闇の好きな幽霊の声でも、わびしい30代男の幻聴でもない。志帆の声だ。
 壁にあるライトのスイッチを押せば、ダウンライトの明かりが素早く灯り、志帆の姿が現れる。舞台の幕が開いた。それに気づいた女優のように、ソファに腰掛ける彼女は、恭平へと作りたての笑顔を向ける。
 勝手に上がり込んで、何をやっているのやら。呆れ気味にため息をつき、恭平はデスクへと向かう。
「相変わらず悪趣味だな。電気も点けずに待ってるなんて」
「そんなの、私の勝手でしょう?」
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