やくたたずの恋
29.ワルツは、あなたと。(前編)
「今日もありがとう。どうぞ入って」
 約束の時間に訪れた雛子を、志帆は玄関のドアを開けて招き入れる。
 雛子の目から見ても、志帆は本当に美しい女性だった。初めて会った時から、そのイメージは変わらない。黒く濡れた睫毛の先から、年相応の皺に至るまで。全てが彼女を煌びやかに装飾していると思えるほどだ。
 だが残念ながら、彼女の美しさは、決して安らぎを与えるようなものではない。ひとりぼっちのお月様として、寒々しい光を無闇に放つ。そんな孤独と虚しさが付き纏っている。
 ……好きではない人と結婚すると、こうなっちゃうのかな?
 雛子は廊下を歩きながら、斜め前にいる志帆を見る。
 冬の寒さに似た、きりりとした横顔。その周りには、何者も寄せつけない意志が、何層にもなって取り巻いている。恭平や星野の話を聞いている限りでは、昔はこんな女性ではなかったようなのだが。
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