やくたたずの恋
 雛子の声に反応して、影山社長は愛想よくにっこりと笑う。その表情には息子の恭平と似たところはない。しかも体型も、坂道を勢いよく転がりそうなほどコロコロしているし、頭髪も寂しい。
 影山社長はその丸い体を、ドアの前にいる雛子の方へとソファの上で動かした。
「雛子ちゃん、恭平のところで働いてるんだって? すまないねぇ、うちのバカ息子のために手間取らせてしまって。だが、それももうおしまいだ!」
「お、おしまいって……」
 雛子が不安な表情をすれば、父が冷たい目を向けてくる。それには、「この役立たずが!」という叱責が籠もっていた。
「お前があまりにも、恭平くんの説得に時間がかかっているようだから、影山社長がお前に別の縁談を持ってきてくださったんだ」
「え? あ、あの、私は恭平さんと結婚するんじゃ……」
 雛子の父への反論に、「いやいや、雛子ちゃん」と、影山社長が口を挟む。
「どうせうちのバカ息子が、雛子ちゃんの説得に応じないで、迷惑をかけてるんだろう? それだったら、雛子ちゃんをお嫁さんにしたいと積極的に言ってくれてる人の方がいいと思ってねぇ。ほら、この方だよ!」
 影山社長は手に持った写真の台紙を開き、雛子へと差し出した。
 その写真には、羽織と袴を着た、杖をついている老人が写っていた。長細い顔は深い皺が寄り、いくつかの茶色い斑点も見えた。そんな容貌や、真っ白な髪や髭を見れば、星野よりもかなり年上であることが分かる。
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