やくたたずの恋
34.負けるが、恋。(後編)
「お前が了承すれば、山崎会長はすぐにも結納を執り行い、早めに結婚式を挙げてしまおう、とお考えだ。どうだ? お前には特に問題もないだろう?」
 雛子を見ながら、父の口は淀みなく動く。そして、判決を読み上げる裁判官よりも淡々としている。自分の娘を地獄に落とし込むことに、躊躇の欠片も感じてはいない。
 それもそうだ。娘のあの老人の妻にすることで、大金を引き出せるATMを手に入れられるのだから。彼にとっては、唯一であり、最初で最後の錬金術と言っていい。
 これが、私が「役立たず」じゃなくなる方法……なの? このおじいさんと、私が結婚することが……。
 信じたくはないが、信じなければいけない事実。それを語る雛子の心へと、影山社長の声が被さってくる。
「うんうん。うちのバカ息子に手間取らせるよりは、山崎会長と結婚した方が手っ取り早い! なぁ、雛子ちゃん。その方が、お父様である横田先生のためにもなるんじゃないかな?」
「ワーイ!」という言葉にくっつく顔文字のように、影山社長は屈託のない笑みを見せた。だがその目の奥には、人間の浅ましさを表す記号のような塊がある。
 既に影山社長の口は、都合のよいことだけを呟く装置に成り果てていた。2分に一度の頻度で、「横田先生のため」という言葉が吐き出される。人様のため、という大義名分に、人間は弱い。それを知って、この狡い装置は何度も「横田先生のため」と雛子に繰り返しているのだ。
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