やくたたずの恋
39.恋を、はじめよう。(後編)
 星野の部屋は、元々は大きなデスクと本棚が場所を占めていて、まさに「書斎」という風情を醸し出していたものだった。だが、車椅子の生活になって以降、全てを取り払い、必要最小限の設えの下に成り立っていた。
 そして現在は、部屋の中央に空間を作るべく、更に片付けられている。星野はそこを通過して、窓際のレコードプレーヤーへと車椅子を進めた。
「実はここ2週間ほど、雛子ちゃんにダンスの練習をしてもらっていてね。上達した暁には、ぜひ君と踊りたいと思っていたんだ」
『くるみ割り人形』のレコードを手に取った星野は、慣れた手つきでレコードをターンテーブルに置き、その端に針を下ろす。ジジ、と引っかかる音が数回響いた後、『花のワルツ』がスピーカーから流れ始めた。
「ぜひ、私と踊ってもらえないかな?」
 星野は、ドアの前に立つ志帆へと振り返る。志帆は沈んだ表情のままで、小さく頷いた。
「……分かりました」
 星野は嬉しそうに微笑み、広く空いた部屋の中央へと進む。そして、志帆へと手招きした。
「申し訳ないが、私の左手を持ってほしいんだ」
 志帆は星野へと近づき、彼の動かない左手を取る。星野が車椅子を動かし始めると、それに合わせて足を動かした。
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