いろんなお話たち
BLOODY推進委員会
「だからね、女の子二人じゃ危ないと思うの」
赤い液体が入ったグラスを揺らしながら、やにわにメイちゃんが放った言葉に私は硬直した。
「え、あの、危ないって……?」
「わからないの?」
ぐびっとグラスを傾けたあとで、テーブルの上に置くと顔を近づけてくる。
あどけない顔立ちに上気した頬はちぐはぐとして。
ピンクの唇はなんだか色っぽい。
つまり、メイちゃんは酔ってる。
一方、同じ女でも私自身はちっとも見た目が変わらないので少しつまらない。
まぁ修道士という身分、深酒は出来ないけれども。
「私達はかよわき乙女! レピアさんは特にシスターだもの。……男は綺麗なものほど汚したいと思うわ」
胸に手をあて顎を高く上げたあと、私をびしっと指差す。
テーブルから身を乗り出して据わった目でそう告げる気迫に、
「き…気をつけます」
と思わず言ってしまう。
旅をする中で、暑くて蒸れるヴェールは外す修道士が多いという。
確かに私も一時期そうしようと思ったけど、暑さは修道服の丈を短くすることで解決し結局ヴェール、ロングジャケット、ジャケットの上に付け襟、ブーツ……という恰好に落ち着いた。
男の人と話す時必ず目線が露わな太股にいくのでやっぱり脚太いかなぁ? とそこが少し気になる。
修道服を切っちゃった時、丈が短すぎるとメイちゃんが騒いだけど、まさか修道長に散々言われた、『長い髪は男を誘惑するから気をつけなさい』的なニュアンスじゃないわよね?
「(丈短いのはメイちゃんも一緒だし……)」
いつも苦しくて服がなかなか決まらないという胸元が、童顔に似合わず豊かでちょっぴり羨ましい。
メイちゃんとシたいと思う人はいるかもしれないけど私とシたい人なんていないかも。
不埒なことを頭の隅で考えてしまうのは、お酒のせいということにする(神様ごめんなさい)。
「――だからね、明日、行きましょ!」
いきなり両手を握られて、はっとする。
「はっはい!」
「よしよし」
まずい、前の会話聞いてなかった……。
場所がどこかも知らないのに、勢いで頷いてしまった……。
笑顔で私の頭を撫でるメイちゃんに、心の中でゴメンと謝った。

店を出て、酔いつぶれたメイちゃんを肩に寄り掛からせ宿屋を目指す。
「あーん、私も素敵な彼氏が欲しいー!」
「はいはい。大丈夫ですよ~きっとメイちゃんなら見つかりますよー」
大声で叫ぶメイちゃんにそうですねぇと頷きながら歩を進める。
旅先で、宿屋で、ギルドで、ところどころで見かけるカップルを見ては酒を飲み文句をたれる。
確かに旅をしていく中で彼女の言うように男がいないと不自由な場面はあった。
おもに力仕事でだ。
でも私はまだ……このまま2人きりでいいけどな……。
「よう! 嬢ちゃん、一人で相棒の介抱大変そうだな? 俺達が力になってやってもいいぜ?」
「女の子二人きりじゃ危ねえよ。うちに来な」
角から現れた身なりの汚い男組に、はぁと息を吐く。
近づいてくるのがこういう人達ばかりだから、なんとなく男って嫌になるのよね。
「大丈夫です。お気づかいありがとうございます」
言って笑顔で頭を下げた時に素早く呪文をとなえた。
パリンと硝子が割れるような鋭い音がし、辺りの世界から色が消える。
仮面の笑顔を張り付けたまま固まる男達。
マッチの箱を持った手をどうぞと伸ばしたまま固まる少女。
座りこんで酒瓶を呷ったまま固まる男性。
手を繋いで仲良く歩く親子連れ。
私とメイちゃん以外この場にいるみんな動きが止まった。
あまり長くはできないけれど、時間操作の魔法だ。
自分と触れた者以外の時の流れを止めることができる。
「(やっぱりこの方法の方が楽だなー…なんだかんだいって)」
男達の横を通り過ぎモノクロの世界を歩く。
魔法使いの多くが時の流れを弄ることをよく思わないため、悪用防止などの諸々の理由で、時空操作術の習得者は魔術協会に申し出・登録する必要がある。
そして使用するとき――呪文を唱えるその間は、誰に知られても見られてもならない。
つまりは相方のメイちゃんにも秘密でこっそりと行う必要がある訳だ。
うん、そういう意味でもこれ以上旅のパートナーを増やすことはちょっと遠慮したいところなのよね。
「ただいまでーす…」
宿屋のドアを開ける。
ちなみに宿屋の中へ入ると同時に魔法が切れるようにしてある。
ぱりん、と音がして世界に色が戻る。
それを聞きながらドアをしめた。
「なに? 残り一部屋?」
声がしてカウンターを見ると、一人の女性がいた。
「倉庫みたいな部屋でもいいんだけど、なんとか2つとれねェかな?」
「あーすみませんねぇ。昼間全部埋まっちゃいまして。お連れさん、あとからくるんですか?」
「いや、もういるんだけど、ココに」
「……はい?」
店主さんに話があったんだけど、あとにしよう。
ちらりとその光景を見たあとで二人の会話を聞きながら今晩お世話になる部屋を目指す。
2階じゃなくてよかった……。
なんとなくだけど、メイちゃんがこうなるだろうと予想してたから。
「メイちゃん、着いたよー」
ほっと吐息しながら部屋のドアを開ける。
宿屋に入ったときと同じようにして一緒に入り、片手で閉めてから、メイちゃんをベッドまで運びそっとスプリングの上におろした。
毛布を綺麗にかけてあげてから、「待ってて下さいね」と言い部屋を出る。
多分、メイちゃんが行くと言ってたのは昼間、宿主さんがちらりと零したダンジョンだろう。
でもメイちゃんは酔い潰れちゃってるから、私が代わりに話を聞いておかなきゃ。
カウンターに戻ると、近くのソファにさっきの旅人が腰かけていた。
鎧に身を包んでるから剣士かと思ったけど、見たら剣らしき武具は見当たらない、体小さいから小剣使いかな?
とにかくまだ年も私達とそう変わらなさそうな少女だった。
テーブルの上には籠。
鳥かごみたいな天井がアーチ型の、手のひらサイズ。
中では炎が揺らめいていた。
「あぁ……だからここも無理だって」
「オレは別に外でもいいんだけど」
「……フザけんな。そりゃこっちの台詞だ」
何独り言ぶつぶつ言ってるのかなと思ったけど、どうやら籠に向けて話しかけているようだった。
死ぬときは炎になって、そしてまた灰から蘇るという鳥でも連れ歩いているのかな……?
少女が話しかけるたびに炎の勢いが増したり萎んだりする。
後ろでひとくくりにしたアンバー色の少女の髪がさらさらと揺れて羨ましく思った。
じっと見ていたら少女がこちらに気づき、エバーグリーンの瞳が睨んできたので慌てて目を逸らした。
ぱっと見綺麗な顔してるけど、つっけんどんな感じだ……。
「あのー…」
カウンターで店主に声をかけると、新聞に目を向けていた店主がこちらを窺い見た。
「昼間のニオトイ洞窟について教えてほしいんですが」
「おや、お嬢さん興味あるのかい?」
「はい。中に何があるんですか?」
「んんー……ちょっと待ってね」
にこやかに笑んで、新聞紙を折りたたむ。
いったん奥の方へ消えると古い布を持ってきた。
カウンターに広げておいてくれたので地図だとわかった。
色褪せた古い地図。
「話は聞くが誰も挑戦しないからねぇ……。ダンジョンと言っても洞窟一本。まっすぐ進めばいいし、出てくるのは弱い魔物だから簡単さ。もちろん報酬はそれなりだ。銀がせいぜい、回復アイテムぐらいか。魔物が落とすのは武器の合成材料にも使えない屑。ただ一つ。最奥まですすむと、どんな呪いも一つだけ治してくれる聖水が手に入る。この聖水が唯一のお宝かな」
「のろいですか……うーん……」
期待したほど良い内容じゃなかった。
願いがかなう石とかだったら、メイちゃんが喜んだかもしれないけど。
まぁ弱い魔物退治で回復アイテムが手に入るならお得かな? 魔力切れもないだろうし。
「まぁ不老不死になれる石とかじゃないからね。でも一つぐらい持っておいて損はないと思うよ。悪い魔法使いに若さを奪われたりでもしたらお嬢さんたちは困るんじゃないか?」
悪戯っぽく宿主さんが笑ったところで、
「オイ、オヤジ」
と割り込む影が一つ。
見ると少女が宿主を強い眼差しで見つめていた。
「解ける呪いはなんでもいいのか? 際限は? 詳しく聞かせろ」
疑わしげな色を滲ませながら、しかしどこか真剣に訊くので、若干引いてる宿主さんとは対照的に少し気になった。
誰か、助けたい人でもいるのかな……?
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