いろんなお話たち
呼び声
同年代だから話が合うでしょう。
朝、車椅子を押しながらそう言った北本さん。
その意味がよく解らなかったのだけど……。

「20歳です」
その言葉に、単語に、ちくちく縫い作業していた手が止まった。
ばっと顔を上げて、少女の姿を凝視してしまう。
え…っと、小関さん、と言ったっけ。
青ジャージ着てるからてっきり中学生かと思ってたけど、そうだよな……中学生がメイクする訳がない……。
「へーっ! そうなの! いや、全然見えないねえ」
「そうよーもっと若いかと思ってた」
「はは……よく言われます。お酒も中々買えなくて」
「(あの子……ボランティアでここに来てるって言ったし、殊勝な子だこと)」
もし私があの子の立場だとしても、わざわざこんなムサいところには来ない。
ちやほやムードに化した室内に、溜息を吐きながら目線を戻した。
別に……普段は私がウザい程その的になってるから、今日はその標的にならず少しほっとしてるけど。
「彼女……小関さんにね、そう、うん」
「これをやらせようと思うの。これだったらそんなに集中しないでもね、慣れてきたら話しながらできるし。そしたら同年代同士、麻音さんと楽しく話もできるでしょう」
事務用テーブルを二つ並べた反対側、2人の職員……所沢さんと北本さんの会話に、ぴくりと耳が反応。
た…っ、楽しくおしゃべり……ですってっ!?
私の手は2人の会話に完全に止まっていた。
じっとテーブルの木目調を見る私の額には、暖房+床暖房の暑さも含有し汗がにじむ。
「じゃあ小関さん、ちょっとこっちにいいかしら」
「あ、はい」
「あのね、これを……そこの原さんが作ったものなんだけど、」
マクラメで作るバッグ。
原さんは半身が使えないけれど、片手と紐を口で結わえて器用に多くのマクラメ作品を作っている。
ある程度自分で作ったら職員の手を借りるのだけど、……そこまでの工程を北本さんが教えながら、2人ともさりげなく向かいのテーブルに腰を下ろす。
朝から何回か挨拶を交わしてはいるけど、あらためて北本さんに「一番若い利用者」と紹介されて、軽く会釈。
同年代……同い年……かっ、可愛い。
小さな顔に、それぞれ小さなパーツ。
けれど目はくりくりと大きくて、小さな桜色の唇が、チークか同じく桃色の頬と相まってとても可愛い。
茶髪を除けば、日本人形みたいだ。
女の私でも認める可愛さ。
私は小中までは地元の学校に行っていた。
だからもしかしたら知り合いかもしれないけれど、小関なんて名前は初耳で、顔もおそらく初対面。
それに東中のジャージじゃないし……彼女が着てるのは西中のジャージ。
「……じゃ、宜しくね小関さん。時々麻音さんと話しながらやってもいいから」
北本さんの声に前を見れば、もう粗方の説明は終わり北本さんは椅子から立ち上がっていた。
小関さんはかわいらしい鈴が鳴るような声ではいと答える。
まずは教えてもらったことを忘れないうちに紐を結んでいくのだろう。
下を向いた顔には上を向いて話しかけてくる気配はなく、……少しほっとした。
さて、私もやろう。
今作っているのはブックカバー。
なんと全部手縫いでできると言う手軽なキットを選んだのだけど、まっすぐ縫うということが私はできない。
縫い目を細かくすると糸が弱いのか、ぷちんぷちんと切れちゃうし。
ぬぬぬ……。
………。
……。
…。
20分経過。
しかし、無言。
時々北本さんが小関さんへの指導で間に入ることがあったけど、それ以外はひたすら無言。
どうやら彼女は積極的に話しかけるタイプじゃないらしい…私と同じか。
いや、ボランティアに来ている側がそんなにむやみやたらぺちゃくちゃ話しないか。
とにかく静かだった。
こういうときは利用者の私が気を利かせて話しかけるべきなのか。
う~ん……私……、私はあまり、同年代の子と…普通の子と話すのはあんまり……。
「――――ふぅ(駄目だ、気が滅入ってくる。トイレ行こう)」
膝上のブランケットをテーブルの上に置き、ハンドリムをつかんで車椅子をこいだ。

「! ……あ、そうか。電気壊れてるんだっけ」
原因は調査中。
今、施設・ぐみの木の一階は電気が壊れてどこも停電真っ暗闇、とのことだった。
エレベーターが壊れて二階に行けない影響で一階で作業してるのに、全くあちこち故障ばかりでほんと困る。
「ひゃぁー真っ暗…」
目が悪くないのが幸いか、このままでも出来る。
脇の板を外して壁に設置されてるヒーターの上に置こうとして(だって他に置き場がないんだもん)、下向きに置かれた懐中電灯に気付いた。
一階身障者トイレ用とご丁寧に張り紙がしてある。
……。
2階のトイレは無臭なんだけど、ここはおむつをしたご老人が使うからか、仕方ないのだけど独特の臭いがしている。
「(と……むむむっ)」
ジーンズごと下着をおろしてから手すりにつかまり立ち上がる。
暗いとやっぱり不安になるけど、大丈夫。
いつもより慎重に、慎重に……。

「(やっぱりニオイきついな……)」
少し重いトイレの引き戸を閉めて、紙コップ自販機と椅子がある一角(丁度利用者が作った大きな織作品のタペストリーのおかげでそれが影となっている)で一休み。
時間を見ると50分弱……と、いったところかな。
もう少しここにいよう。
11時ぐらいまででいいから。
「……にしても、天気悪う…」
大きな窓の外に見えるのは、小さな中庭とその上の空……なんかなまり色の曇り空だ。
電気の通らない通路は、大きな窓があるおかげで暗くはないけれどエアコンが切れているので少し寒い。
あまり長居をしない方がいいのかもしれない。
1階の老人デイの利用者と共同で使ってる部屋…大きな作業室の方が、電源は入っていなくても人数が多いから寒くない。
でも向こうは……。
「…!」
停電の影響で、普段はリハビリに使うけど今はデイサービスルームになっている訓練室に戻ると、小関さんは隣のテーブルにいた。
そして私がいたテーブルには……もともと同席の原さんが織機にむかっているせいで、私ひとり分なのだけど私が広げているブックカバーのキットしかないその景色は…光景は、なんだか、さびしい。
席に戻るとほどなくして事務用具を持った北本さんが隣に来た。
「ここ、いいかしら?」
事務用具を机の上に置いて、私とは斜め前に腰かけながら言った北本さん。
すでに座る気満々なのに断れないだろう。
というか、もしかして私一人だからわざわざここへ?
「あそこは狭くてね~二階も狭かったけど」
早くエレベーターが直って2階に戻れるといい。
何気ない世間話をしている中で聴こえる隣のテーブルの会話。
やっぱり可愛い子が(しかもボランティア)いると盛り上がるものよね。
それはいいのだけど。
「それで…彼氏はいるの?」
「えっ…あの、その……」
「いるんでしょー? 小関さん可愛いもん。いるわよね?」
「えーっ…言わなきゃだめですかぁ? ……いますよ。います」
「やっぱりねーいると思った」
「可愛いものねえ。小野さん狙っちゃダメよお」
私がもし、あの子みたいに普通だったら。
同じ質問をしてくれただろうか。
「(彼氏か……同じ20代なのに、私には誰も訊いてくれなかった……だれも)」
いつかできるわよ。
そんな未来過程の話は時々あるけど。
そう……そうよね。
同じ20代だけど……。
じわじわ。
ずきずき。
痛む。

「(今日はまだ月曜だから……明日と、木曜と。あと2回かぁ……きついな)」
いつまで弱いんだ、とルカ・ヴァリスは嗤うだろう。
菫やパパ、ママは気にも留めないに違いない。
だけど駄目なのだ。
地元の施設。
まったりゆったり、自分の好きなことをして過ごせばいい。
だけど福祉事業と言う名目上、若い子が勉強の一環として入ることがある。
例えば木曜日は毎週近くの病院の看護学生が来る。
比べちゃダメなのに、他人は他人、自分は自分なのに、どうしても私は。
同じハタチなのに同じ20代なのに、どうしてと思ってしまうんだ。
年下の健康で美しい妹を羨んだことなど、一度もないのに。
「姉さん、お帰りなさい」
「……ただいま。菫」
ワゴンの後ろの昇降機から降りていると、いつも通り制服姿の妹が出迎えた。
運転手さんなんかは、
「今日も可愛いねぇ」
と言い、添乗員さんも、
「偉いね」
と言う。
それに照れたように笑いながら、
「いつも姉がお世話になってます」
と返す。
……うん、妹バカという訳ではないが、やっぱり小関さんより菫の方が可愛い。
頭の隅でちらつく小関さんを追いやって、昇降機から降りると車椅子を押すのを添乗員さんから菫にバトンタッチする。
「それじゃ栗山さん、また明日ね。ありがとうございました」
「お世話様でした。さようなら」
マイクロバスが出る。
直後、自動的に閉まる大きな門。
姉妹そろって頭を下げてそれを見送ってから、先にバッグだけ部屋に置いてきて、と菫に預ける。
そのまま庭を少し走り、外の流し台まで行き、近くにあった雑巾を濡らしていると、横から菫が手を出してきた。
「自分でやる。菫は今日、そのまま上がっちゃっていいから」
「いいよ姉さん。屈むの大変でしょう?」
「だいじょぶ。腕の長さでカバーできるし」
いろんな姿勢をとることはそくわん防止にもいいからね、と笑うと菫はなんだか心配そうな顔をした。
「姉さん……?」
少しだけ冷たい水が雑巾と一緒に手を冷やす。
それを目を細めて眺めて、どうしてだかまたちくちく痛みだした胸。
「そうだ。それと、お出迎えはもういいよ。一応鍵、自分で持って行ってるんだしさ。広い庭だから流しと玄関と距離があって大変だけど、運動にもなるし。今までありがとね、菫」
何か言いたそうに口を開いた菫に、
「ルカさんを待たせないであげて。また私が怒られるから」
と困り眉で告げると彼女は、
「バッグ、机の部屋に置いておくから」
と私のバッグを握り締め踵を返した。
蛇口をとめ(一応私がやりやすいように柄が長くなってる)、雑巾をきゅっと絞って空を仰ぐ。
無駄にでかい家。
いわゆる金持ちという部類に入る我が家には、たった一人の執事ルカ・ヴァリスがいる。
「本当ならメイドさんが良かったけどなぁ…」
ロリとか巨乳とか。
きっとその方が可愛かっただろう。
いや、けっして私は変態ではないが。
でも使用人を一人にとどめているのに、何か理由があるのかもしれなかった。
「………」
小さい頃に高熱を出して意識を失って。
命は助かったけど目覚めたときには歩けなくなってた。
どうやら菌が脊髄に入ってイタズラしたらしい。
先生の話じゃいつか歩けるって言ってたんだって、ウソ、結局歩けないままじゃん。
それでも、立ち上がることができるだけましかもしれない。
でも、その時に私をすてることだって出来たはずなのに。
私が何不自由なく一人で身の回りのことが出来るようにと家を改造してくれた両親。
ぐみの木で作ったものは、商品として売り出すことができる。
材料費に2倍かけたものを収入としてとれるけど、微々たるもの。
だけどそれを自分の小遣いではなく、この家に納めて。
それが両親にできる小さな恩返し。
まぁ、今度のブックカバーは正直言って売り物にならないだろうな。
「(パパにあげよ。使ってくれるといいけど……)」
ああ、そうだ。
最近は機織りもやってないから、このブックカバーは自分で用意したものだからバッグの中にあるし、特に利用日だからって行かなくていいんだ。
部屋に鍵をかけてこもっていれば、ルカ・ヴァリスに文句言われることもないし。
そうだ。
そうしよ。
「不満そうな顔ですね。俺の作った飯がいやなら召し上がらなくても結構ですよ」
不機嫌そうな声にはっと顔をあげた。
そうだ、夕飯だった。
明日どうしようか、そればかり考えてて時間の流れを忘れてた。
「麻音?」
ママの声に、菫の視線に慌てて箸を持つ。
当たり前だが家事全般はルカ・ヴァリスの仕事。
そしてルカ・ヴァリスはありがたくも運動不足の私の為、と他より野菜を多めに盛る。
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