CROW
「考えてみりゃ…」

 家に帰る道のりは、結構バカバカしくてよかった。

 加奈は、落ち着いてきた頭で、何とか整理をつけてしまおうとしていたのだ。
 
「考えてみりゃ…何をつけあがっていたんだか」

 自分には、デザイナーとしての力は、まだ何もない。

 たとえ義経が、自分の服を気に入ってくれたとしても、そんな個人レベルの好みなど、どうしようもないじゃないか。

 専属というと、個人の好意を超えて、加奈に生活を預けるということになるのだ。

 まだ、あんなデカイ図体の面倒が見られるはずがない。

 女がいても、いいじゃないか。

 自分に、それが何の関係があるというのだ。

 加奈と義経は、デザイナーもどきとモデル。

 彼の裸を見る意味が、自分とあのメゾソプラノとでは、違うだけだ。

 さっきの自分は、どう思い返しても見苦しかった。

 あれでは、まるで――

 何で、だろ。

 冷たい唇を指で触れて、白い息を吐く。

 多分、義経が妙に優しかったのがいけないのだ。

 自分につきまとって、頭をなでたり、頭を抱いて唇を寄せたり。

 でも、どれをとっても、きわどい線を越えることは、ただの一度もなかった。

 バッカみてぇ。

 身軽になった両手を、頭の後ろで組む。

 いつもの歩幅より、倍くらいゆっくりかけて自分の家に戻る。

 たくさん遠回りをしたせいで、すっかりいい時間だ。

 しかし、昔から夜遊びばかりしていた彼女にとっては、まだ宵の口といってもいいだろう。

 このグチャグチャしたものを綺麗に決着をつけて、それから家のドアを開けたかった。

 そしてその後で、ゆっくり考えよう。

 これから、自分がどうしたいのか――義経抜きで、何をやりたいのか。

 ふーっと息を吐く。

 誰も帰ってきていない家は、どこまでも真っ暗だ。

 一戸建てな分、静かさは傍目から見ても、いやというほど分かった。

 腰くらいの高さの、おざなりな門をキィと押し開けて、ポケットからカギを出す。

 刹那。

 明かりが、反射した。

 家の方からではなく、後方。

 車が、彼女の家の前で止まったのだ。

 鍵穴に差し込みかけた手を止めて、誰かと振り返る。

 ちょうど、助手席のドアが開くところだった。

 大きな人影が、綺麗なシルエットで出てくる。

 息を詰めた。

 あの肩幅を見間違うことが出来なかった自分が、恨めしくてしょうがなかった。

「おーいたいた…不良娘」

 義経だ――間違いない。

 がっくりと肩を落として、加奈は目をそらした。

 せっかく人が、決着つけようとしてんのに。

「よしよし…さみしかったか」

 酒の匂いのまま、勝手に近づいてきて、勝手にぎゅっと抱きしめられる。

 ……!!!

 脱力していたため、完全に油断していた。

 でなければ、こんな無防備に、男の胸に収まったりしない。

 第一。

「ふざけんな! 彼女に殺されっぞ!」

 加奈は、手足を大きく振り回して、なんとかこののっぽを引き剥がそうとした。

 軽すぎてムカつくのだ。

 こんな男に、さっきまで振り回されていたかと思うと、自分が情けなくなってくる。

「彼女?」

 あぁ?

 加奈を放さないまま、うろんな声をあげる。

「そうだよ! 一緒に住んでる彼女だよ!」

 この女の敵! クズ!

 離せ、ボケ!

 罵詈雑言の大合唱をしながら、加奈は最終兵器を出そうとした。

 頭突きだ。

 ヤンキーの頃、究極の石頭と恐れられた、必殺の頭突き。

 なのに。

「ぶほっ! ぶははははは!!!」

 傑作だ、と義経は大爆笑、である。

「ひーっ、キタキタキタキタ! お約束キターー!」

 ばんばんと、抱きしめている加奈の背中をたたきまくる。

 あのデカイ手で、力まかせだ。

 酔っているせいで、力の加減が出来ていないに違いない。

 しかも、イカレた意味不明のセリフを吐いているではないか。

「ぶはは……美春は、オレ様の可愛い…妹。ドユアンダスタン?」

 義経は、まだこらえきれず笑い倒している。

 唖然、呆然。

 突然の、現実軌道修正についていけず、加奈は棒切れのように突っ立っているしかできなかった。

 それはもう、抱きしめられたい放題だった。

 えーと…。

 酔っ払いにぎゅうぎゅうにされながら、加奈はほけっと思った。

 えーと…何考えてたんだっけ。
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