たったひとりの君にだけ



楽しいことも勿論あった。

それが皆無だったら、私はクリスマス1ヶ月前を待たずにさっさと別れを告げていたと思う。



始まりは樹から、終わりは私から。


高い店しか連れて行かなくて、肩肘張って疲れたこともあったけど、なんだかんだ言って味は絶品だったし、一人じゃ近寄らないような場所を沢山教えてくれた。

旅行だって行った。

お互い忙しくて近場の伊豆に一泊だったけれど、全ての手配を請け負ってくれて、私は自分の荷物を準備すればいいだけだった。

そして、そこでもまた高級旅館のスイートで、どれだけ儲かってるんだろうと思いつつも、温泉も最高、料理も申し分なかった。

そこでもまた、樹は私に一円たりとも払わせなかった。


だけど私は、樹を都合のいい男、だと思ったことは一度もない。


シンガポールに転勤、そして今度はフランスに部長として就任するくらいだ、樹は仕事がデキる男だし、それ故多忙な身分だった。

デート中に仕事の電話が掛かって来たことなんて数え切れない。

それでも隙あらば連絡を寄越して、私に会おうとしてくれた。

容姿も、初めて会った合コンの男共の中では一番整っていたとは思うし、瑠奈曰く上玉だと。



きっと、普通の女ならこんな男を放っておかない。


そう、“普通の女”なら。



私は、心まで許せなかった。



口にしないだけで。
私の中では最初から期間限定だった。
延長する気にならなかった。


結局は、樹に言った、高階君の言葉が全てなんだと思う。


長年の信念を捨て去ることが出来なかった。



それは、紛れもない真実だ。



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