たったひとりの君にだけ
「で?」
グラスから口を離して、今度ばかりはマティーニゆえ泡髭を装着しない親友が問う。
ハタチをゆうに超えたどころか絶賛アラサー進行中の女は、ようやく身の上に相応しい行動を取れるようになったらしい。
一方で私は、お馴染みの光景と耳馴染みの切り返しに極上の低音で応戦する。
臨戦態勢、突入だ。
「……なにが」
「な~に逆ギレしてんの?バレンタインから何日経ったわけ?今日は何月何日ですか~?日付がわからないんですかあ~!?」
明らかに馬鹿にされている。
右耳をダイレクトに突く瑠奈の甲高い声は酷く耳障りだ。
責められている気しかしない。
今すぐテーブルに突っ伏してやりたい勢いだ。
「芽久美さ~ん、聞こえてますか~?」
「……もうっ、わかってる!わかってるってば!2月21日でしょ!」
「もうそんなに経ったんでしょ?あんたはこの1週間何やってたわけ?」
今度は酷く冷静な声を向けられる。
正論を述べられると逃げたくなるのが人間ってやつだ。
「うるさーい!」
私はグラスに注がれたギムレットを一気に飲み干してテーブルに叩きつけた。