たったひとりの君にだけ

「……わかりました。じゃあ、私もひとつ、頼んでいいですか?」

「勿論です!早速作りますね、待ってて下さい!」


そう言って、佑李さんは足早に奥へと消えていった。

私には絶対にない可愛らしさを持つ女性。
今日一日で、私は彼女を相当好きになったらしい。


「コーヒーは食後だろ?ってか、水も出さないで悪い。先にウーロン茶かなんか出そうか?」

「あ、うん。頼む」


メガネ君は親指を立てて準備に取り掛かる。

そして、カウンター席に取り残されて肩を並べる私達。


不思議な気分だった。

数十分前までは、あんなにこの店に入るのを嫌がっていたのに、今の私は驚くほどに居心地の良さを感じている。

変わり身の速さは誰の所為だろうか。


「……私、常連になろうかな」


こちらを見つめる視線に気付きながら口にすると、案の定、隣からは当然の一文字が聞こえる。
左手で顔を支えながら、私はふっと鼻から息を漏らす。


「どうしたんですか、急に」


そして、嬉しさの中にも驚きを隠せないらしい高階君を見つめながら、私はイタズラに笑みを返してみる。


「だって、高階君の弱味握れるみたいだし」


何気に気になっている、親友のド派手眼鏡の理由もそのうち教えてくれるかもしれないし。


「それに、オフィス目の前だし」

「確かにすぐそこですもんね。俺より来やすい……ってか、俺の弱味握ってどうするんですか」

「今後、役に立つかもしれないじゃない」

「なんですかそれ」

「逆らえないくらいすっごいネタ仕入れようっと」

「……直輝と佑李に余計なことは喋らないように念押しとかなきゃ」


力強く決心をする高階君だけど、なんだかんだ言って、結局二人は面白がって私の味方をしてくれるような気がする。

と思ったことは、言わないでおこう。



今はただ。
コロコロと表情の変わる彼の隣で。
大好きなグラタンを心待ちにしながら。

たったひとりの君との、たったひとつの未来を想うだけで幸せだから。




END


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