たったひとりの君にだけ
だけど、肝心なことはただひとつ。
それは、ヒントを貰わなければ気付かなかったということだ。
「何の御用でしょうか」
相手の素性がハッキリとした。
仕事関連ではないと判明した以上、余所行きの声を出し続ける必要はどこにもない。
友人ならばその声はワンオクターブ上昇するかもしれないけれど、それが元彼となれば低くなるのは必至。
言わば自然の摂理だ。
『冷たいな。久し振りだっていうのに』
そう言われて、私がなんと答えれば気が済むのだろう。
無愛想と言われても構わない。
懐かしんでもらえると1ミリでも思って電話を掛けて来たのなら、私はこの男の図太い神経に心底感服する。
「はい、そうですね。お久し振りでございますね。で、何?」
『素っ気無いな』
「ありがとうござます」
深々とお礼を言って、じゃあ切るからと口にしたところで引き止められた。
見えるはずもないのに何よと睨みを利かせて聞き返すと、『まぁ、落ち着けよ』と嗜められた。
そして、上から目線を思い切り不快に感じていると、樹は唐突に切り出した。
『俺さ、日本に帰って来たんだ。久し振りに会わないか?』
やっぱりノスタルジックな気分になんて1ミリもならなかった。
何故なら。
その声を聞いても。
たった今、樹が日本に帰って来たんだと知っても。
込み上げる感情の中に、樹にとって喜ばしいものはひとつもない。
きっと、いや、確実に。
電話越しでさえ、樹もそれを充分感じているはずなのに。
どうしてそんな言葉が口をついて出るのだろう。