少女達は夢に見た。
「カナンはやっぱり上手いね。」


手元を覗きこんだら、私なんかとは比べものにならないくらいに、上手な絵が描かれていた。


自然愛護のポスター。


カナンは照れたように笑う。


「そうかな?えへ。ありがと。」


「そうだよ。」


「長岡先輩とどっちが上手い?」


なぜか、いたずらめいた顔でそんなことを言ってきた。


「どっちって…。」


正直な感想、長岡先輩の方が上手い。


そりゃあ…ね?


先輩だし…。


でも、自分が褒めた手前、正直に言うわけにもいかなくて。


「ばか。冗談だよ。」


それを悟ったのか、にへらっと、気の抜けた笑みを浮かべる。


「カナンの顔に描きますよ?」


「やだ~。」


仕返ししてやろうと思ったのに。


笑いながらかわされた。

「いちって面白いね。」

「そうかな?」


「あはは。うん。」


軽い愛想笑いをする。


話に飽きてきた?


…それ以上突っ込むのは止めて、自分の作品製作を進めるようにした。





「さようなら。」


部長の声につられ、十数人の部員たちが挨拶の声をあげる。


「いち、帰んないの?」

美術室を出ようとしない私に声をかけてきた。


「え、あ、うん。柚奈待ち。」


「そ。じゃあね。」


「うん、お疲れさま。」

カナンは興味無さげに返事をして、帰っていった。


「あ、長岡先輩、お疲れさまでした。」


私の前を通ろうとした先輩は足を止めて、顔を向けた。


「ん。お疲れさま。」


安堵して、微笑む私。


「あの…なにか?」


いつまでも顔をこちらに向けたまま黙っている先輩を見て、疑問に思った。


私、なにか良くないことをしてしまったのだろうか。


不安がよぎる。


「前から思ってたんだけどさ…。」


「は、はい!」


わずかな緊張感。


先輩の言葉に怯える。


少しためらいがちに、口を開いた。


「千尋でいいよ。」


「…え。」


なにを言われているのか、脳の反応が遅れる。


「名字だと、なんか嫌だから。」


呆然としてしまう。


「じゃあね。」


去り際に、私の頭を柔らかく撫で、出ていった。

先輩の、肩に軽くついたストレートの黒髪が、微かに揺らされる。


その後ろ姿を見送り、


「あ…、お疲れさまでした…千尋…先輩。」


既にいなくなった背中に、小さく呟いた。


先輩に、頭撫でられた…。


なが…千尋先輩は、あまり、そういうことをしない。


思わぬ行動に、少し、ときめいた。


先輩の手、ほんとに綺麗だな…。


しかも、名前でいいって言われた。


私が幸せに浸っていると、頭に鈍い痛みが走った。


「なに女に頭撫でられたくらいで顔あからめてるんですか。」


風見君が殴った…というほどの痛みではなかったが、風見君がやったのだ。


「なにすんの。」


しかも見られていたのか。


先程のやり取りを。


「さようなら。」


私の言葉を無視して、後ろ姿のまま、手をふる。

そのまま手をドアにぶつければいいのに…。


美術室で一人になり、風見君にそう、悪態をついた。
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