少女達は夢に見た。
ドリンクバーコーナーで、部長と山吹先輩に似た人を見つけなければ、おそらくこうして問うこともなかっただろう。


この間、先輩達が付き合っているということは、有名だと言っていた。


しかし実際、カナン、柚奈は知らなかった。


カナンの場合、柚奈の噂は知っていたのだから、そういうのに鈍いわけではない。


柚奈は、顔が広いから有名なら知っていたはず。

2人が知らないってだけで、嘘だと決めつけるのは歩乃香に対して失礼だ。


分かっているからこそ、歩乃香の反応が怖い。


つい顔を下げてしまう。

男の歌声は途絶えない。

少しは空気を読んでほしい


まあ無理な話だが。


くすっと笑いそうになってしまった。


「そうだよ。」


あまりにあっさりとした答えに聞き返す。


「有名っていうのは方便だよ。」


あくまで自然な表情。


怒っているわけでもなければ、笑っているわけでもない。


「ごめんね。つまらない嘘をついて。」


そこでにっこりと笑った。


自嘲したような笑顔に、安心なんてできない。


「それはいいけど……どうして?」


そんな嘘、つく必要があっただろうか。


私はアキみたいに洞察力が並外れている訳じゃないし、


歩乃香みたいによく気がつく女の子でもない。


ましてやそんなことを気になどしない柚奈のポジティブさも持ち合わせてはいない。


「さあ?どうしてだと思う?」


わかるはずもない。


「教えてくれないの?」

「教えないんじゃなくて、教えられないの。いじわるしたいんじゃないの。」


なにかを味わうような、静かで落ち着いた雰囲気が、歩乃香のまわりに漂う。


私には、言えないことなのかな?


「じゃあ、アキだったら……言えるの?」


このタイミングでそんなこと言ったら、拗ねてるみたいに思われるに決まってる。


撤回する言葉もなくて、顔をそむけた。


余計に、拗ねてるみたい。


だけど答えは聞いておきたかったの。


ふふっと、笑われたような気がした。


「アキには、全部、お見通し。」


ゆっくりとリズムを刻みながら言った。


見上げた歩乃香は、笑っていた。


幸せそうで、楽しそうな、マーガレットのあの笑顔。


「戻ろうか。」


ドアを押す。


歩乃香の華奢な背中が、遠い。


よく分かったよ。


アキとは仲が良い。


私に見せない顔を見せてる。


ちょっとだけ、寂しいんだ。


お馬鹿な自分を鼻で笑って、歩乃香を追いかけた。





「おかえり!」


今度はアキがお出迎え。

その笑顔に、やっぱり見透かされてる気がして。

歩乃香みたいに“ただいま”が言えなかった。


「さあ!ラストスパートだよ!!」


マイクを使ったまま柚奈が叫ぶ。


――キィィィイン


耳がいたくなる音。


「マイク使ったまま叫ぶな!」


「いっやーん!」


なにが“いやーん”だ!

あはは、と笑いながら画面に向き直る柚奈。


次の曲と、予約曲が画面に映し出された。


……って、


「柚奈どんだけいれてるのよ!?」


予約はいっぱいになっていた。


しかも8曲くらい連続でタイトルの横に“YUNA”の名前が入っていた。
いつの間にログインしてたんだ?


「えへ」


おめでたいイントロが流れてきて、


なんかもう……


なんでもいいや。


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