Under The Darkness




 ――――あかん、また笑ろてまう。ふふふっ。



「……貴女はどうしようもなく甘い人ですね」


 ――――だから付け入られるのです。



 プルプル身体を震わせる私に、京介君は溜息交じりに呟いた。



「それに、大きくならないと言いますが、私、身長が194センチもあるんですよ。これ以上大きくなったら余計怖がられます」


「怖がられる? 誰に?」


「子供に」


「ぶっ」


 私は堪えきれずにまたも爆笑した。

 確かに怖がられるだろう。

 2メートル近い長身な上、恐ろしげな風貌で威圧感たっぷりな男なんて、子供は泣いて逃げるに違いない。

 想像したらおかしくて。


「残念やけど、アンタは子供には好かれんやろなあ」


 逆に悠宇は子供にもの凄く好かれるんだけど。

 タイプが全く違うから比較にはならないかと思い直す。


「それは困ります。自分の子供に嫌われてしまったら、ショックです」


 私は「えっ!?」と目をむいた。


 まさかこの男、子供が好きなのか!?


 驚愕の事実だ。

 全くそんな風には見えない。

 視界にすら入っていない感じでむしろ踏みつけてそうなんだけど。

 意外すぎて言葉が出ない。

 京介君、それは本当に困ると言った顔で、眉間に皺を寄せている。


 この男は許せないし庇ったり慰める必要も無いのだが、予想外すぎてなぜか可愛いと思ってしまう。

 そんなふうに思ってしまう自分こそが意外すぎて謎である。

 悄然と肩を落とす京介君に、私は『元気出せ』と慰めの言葉を掛けてやった。


「可愛がったら大丈夫や。顔が怖くてもちゃんと慕ってくれるよ」


「……顔が怖いは余計です。でも、可愛がりますよ? 貴女に似た可愛らしい子供だろうから」


 ねえ。と、同意を求めてくるものだから、話半分くらいしか聞いていなかった私は、「は?」と箸を止めて京介君をマジマジと見つめてしまう。


「貴女が産むんです。私の子供を」


 にこりと浮かぶ爽やかな笑み。

 言っている内容は爽やかさの欠片もない。

 子供を産めと命じられてるも同然の内容。

 しかも、私はそれを望んではいないのだから、いわば強制だ。


「ああ、もう出来ているかも知れませんね。昨日は危険日でしたから」



「な、なんでそんなこと……っ」


 驚いた。

 そんなことを何故彼が知っているのか。

 私ですら意識などしていないのに。

 計算して私を抱いていたのかとゾッとする。


「貴女を看てくれた医師にちゃんと確認してます」


「血、血ィ繋がってるやろが!?」


 それだけはダメだと私はテーブルに手を付いて頭を振りまくる。


「血が繋がっていなければいいと? そうですか。実は、血なんて繋がっていないのですよ」


「え」


 ケロリとした顔で、京介君は笑みを崩さないまま、掌を返したように驚きの発言をしてくる。

 私は頭が真っ白になった。


「DNA鑑定を依頼していました。本当に父の子かどうか。結果が、父の娘ではなかったと書面にて私も確認しました」


 驚愕に固まる私の手を、京介君は握りしめてくる。

 彼の双眸に囚われたまま、私は凍り付いてしまって。


「真実を教えました。血の繋がりはない。これで、貴女は私を選んでくれますか」


「そ、それは、どういう意味で」


「私は父の跡を、川口組を継がねばなりません。その私の隣に立って欲しい」


「いやや、そんなん」


 私はばっさり切り捨てた。

 当たり前だ。

 私を散々弄んだ男の元へなど誰が行きたいと思うのか。

 ふざけるなと言いたくなる。

 京介君は特に意外そうな顔もせず、大仰に溜め息を吐いた。


「……即答でしたね。まあ、この程度では絆《ほだ》されてはくれませんよね。そこまで簡単でなかったことは残念です。仕方ありませんね。それでは、YESの返事を貰うまで、貴女をどこかに閉じ込めてしまいましょうか」


「なっ」


 瞬きする間に、一見穏やかに見えた彼の雰囲気がガラリと変わる。

 ケダモノが牙を剝くように、京介君の本性が現れる。

 甘い言葉を囁くようにして告げられる監禁予告に、戦慄が走った。

 私の掌を握る京介君の手に力がこもり、万力で締め上げられるようにギリギリとした痛みが走る。


「いたっ、痛っ、離してっ!」


「私は貪欲なんです。欲しいものは必ず手に入れる」



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