ラスト・ジョーカー




 ふいに、視界がにじんだ。


それが涙だと気づくのに、時間はそうかからなかった。


エルは深くうつむいて、涙を流すまいと懸命に唇を噛んだ。



 檻の中にいるときは言われるのに慣れきっていた言葉なのに、今それを言われて泣きそうになっている自分が恥ずかしく、悔しい。



 やがてこらえきれずに涙が一滴、地に落ちそうになったとき。



 バサリと音がして、とたんに視界が真っ暗になった。


肌触りから、それが布だとわかる。頭から布を被せられたのだ。


その布からは自分と、わずかにゼンの匂いがした。



(これ、あたしのマント……)



 そう思うと同時に、頭にポン、と、誰かの手のひらが乗せられた。
匂いでわかる。ゼンだ。



 エルはゼンの顔を見ようと、マントをすこし引っ張って顔を出した。



 目の前を覆っていた布がなくなると、再び人々の恐怖の眼が視界に映った。


とたんにエルの顔がこわばる。


すると、ゼンがマントのフードをつまみ、エルの頭に目深に被せた。


そして、「行くぞ」と短く言ってエルの腕をつかんで歩きだす。


――隊商の者たちから離れていく方向へ。



「ちょっと、待ってゼン!」



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