愛を知る小鳥
その日はあっという間にやってきた。
業務終了後に潤と二人で有名ホテルの中にある懐石料理店へと向かう。自分一人なら一生来ることはないであろう立派な建物に圧倒されつつ、潤にエスコートされながらエレベーターの中へと乗り込んだ。

「凄い所ですね…」

「まぁそうだな。俺も何度か連れてきてもらったことがあるんだが、見た目の印象ほど敷居の高い店じゃないから安心しろ。女将さんも腰が低いし何よりも美味いんだ。今日は今井さんにこれでもかといいもん食わせてもらえ」

仕事とは違い個人的なお呼ばれということもあり、すっかり緊張してしまっている美羽にとって、潤の言葉は幾分気持ちを軽くしてくれた。

「そうですね。人生で最初で最後かもしれないのでしっかり味わいたいと思います」

「あぁ、厨房が慌てるくらいたくさん食え」

顔を見合わせて笑い合っているとエレベーターが目的の階で止まった。降りて少し進んだところに落ち着いた雰囲気の店構えが見えてきた。美羽は内心ドキドキしながら潤の後についていく。店内に入り案内された個室の扉を開けると、既に席に着いていた今井が顔を上げた。

「やぁ、今日はわざわざすまないね」

「今井さん、今日はありがとうございます」

「本日はお招きいただきましてありがとうございます」

潤に続いて美羽は深々と頭を下げた。そんな美羽を見て今井は穏やかに微笑む。

「それはこちらのセリフですよ。無理言って都合をつけてもらってすまないね。どうかそう緊張せずに普通のおじさんと食事すると思ってリラックスしてください」

「今井さん、おじさんと20代の女性が食事とか、それだけ聞いたらなんだか意味深ですよ」

「あぁ確かに! いやこりゃ参ったね」

和やかなやりとりに美羽の緊張が一気にほぐれると、それからお酒を交えながら穏やかな時間が過ぎていった。
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