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貴一さんはいつものへらっとした笑みを浮かべている。けれど、いつもと違う。

いつもの貴一さんじゃないみたい。
優しいおじさんでもなくて、ふざけたエロおやじでもない。


大人の、男の人の顔。

私の知らない夜の匂いがした。




("男はオオカミなのよ")


そんなフレーズが頭のなかで木霊する。

甘く誘いかける大人の匂いに、くらりと眩暈をしそうになる。
キスされそうなほど顔が近くて、見つめられて、ぞくりぞくりと震えが止まらない。



「さて、どうする?奈々ちゃん」

貴一さんがにこりと笑って問いかける。



「……お、大人になってからでいいかな……」


なんて答えてしまう私はいくじなし。




「よくできました」

貴一さんは私の答えに満足そうにそう言って優しく頭を撫でた。

子ども扱いは悔しいけれど、心のセーラー服はまだ脱げない。



「さあ、もう寝ようね」

ちゅっと小さなキスが瞼に落ちる。

促されて大きなベットに寝かせられ、私はおとなしく布団のなかに潜り込んだ。
お布団から貴一さんの匂いがして、きゅんと体の奥が切なくなる。


「きーちさんは?一緒に寝ないの?」

「……うーん、無自覚て怖いね」


私が聞くと、貴一さんはくしゃっと髪をかき上げながら困った風にそう零した。


(無自覚ってなに?あたしのこと?)


きょとんとする私に貴一さんは溜息をひとつ吐いて、それから不敵に笑ってこう言った。


「一緒に寝たら襲っちゃいそうなのでおじさんはソファで寝ることにします」


「〜〜っ!? 」


さらりと言われ、私は声にならない悲鳴を上げる。
反射的に布団を頭にかぶって隠れると、ふふっと笑い声が聞こえた。


「じゃあね、おやすみ」

そう優しい声が降ってきて、部屋の明かりが消された。

「……おやすみなさい」

おずおずと布団から顔を出して返事をすると、貴一さんがドアから出る前にひらひらと手を振った。

パタンと寝室のドアが閉められる。

貴一さんの足音が遠ざかるのを聞きながら、私はぎゅっと目を瞑った。



(心臓、まだドキドキしてる……)


貴一さんが残していった夜の匂いの余韻が消えなくて、思い返すたびに体の奥がきゅんと切なく疼いた。



(……早く、大人になりたい)


キスもエッチも平気で出来ちゃうくらいに、夜の匂いに怯えないくらいに。

こっちから押し倒せるくらいに。



貴一さんに釣り合うような、

"大人"になりたかった。



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