1641


2月はあっという間に過ぎ、
いつの間にか3月になっていた。




(キス、しちゃったんだよなぁ……)

自分の唇にそっと触れて。
ぐにぐにと摘まんでみる。


(この口で貴一さんと……)

そう考えると身体が熱くなる。

貴一さんとはそれまでも幾度となくキスしてきたけれど、あの日のはなんだか違った気がした。

久しぶりだったから?
ううん。違う。

なんて言うか……すごく求められてるような、貴一さんが男であることを実感したような気がして。

とにかく怖いくらいに身体が震えた。



(なんであの時キスしたんだろう……)

あの日から数日過ぎても、私はずっとその時の事ばかり考えている。






……あの時、貴一さんはキスの意味を教えてはくれなかった。





「結婚、したんじゃないの……?」

キスから解放された時、口から零れたのはそんな言葉だった。



「……そうだね」

怪しく笑って、貴一さんはわざと自身の薬指の指輪にキスを落とした。さっきまで私とキスしたその唇で。

馬鹿正直に傷付く私の反応を見て楽しんでるみたいだった。



「お嫁さんと、上手くいってないの?」

「そんなことはないよ」

「じゃあ、なんでキスしたの……」

「奈々ちゃんが可愛いから」


尋ねる私に貴一さんははぐらかすようにそう言って笑った。

そのあとは傘を返されて、そして車まで戻ってそのまま那由多さんと一緒に家まで送り返された。


那由多さんには怪しまれて色々訊かれてしまったけど、私はなにも答えることができなかった。私自身なんでキスされたからわからないから。

それからはキスのことを忘れられなくて、今に至るまで悶々とした日々を送っているわけで……。


< 179 / 257 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop