1641
■ □ ■ □


そうして約束したその日の放課後。
41歳のおじさんは時間通りに待ち合わせ場所にのこのことやって来た。


「いやぁ、奈々ちゃんに誘って貰えて嬉しいなぁ」

いつものへらっとした笑顔。
貴一さんはいつもこうして笑ってる。


(なにがそんなに嬉しいの……)

そう思って私は気恥ずかしくなって顔を背けた。

待ち合わせ場所から移動して地下鉄に乗りこむ。電車の中は帰宅ラッシュの時間のせいか少し混雑していた。



「どこまで行くの?」

「ナイショ」


行き先を知らない貴一さんに尋ねられて、私は返事をはぐらかす。


(ってか、貴一さんならどこまでも付いてきそうだなぁ)

そんなことをぼんやりと考えた。
今日だって、行き先どころかなにを食べに行くのかさえも教えてないのにのこのこやって来たし。



「あ!次の駅で降りるよ」

「あの駅の周辺って居酒屋ばっかじゃなかったっけ?」

「いいから、いいから!」


不思議そうな貴一さんを余所に私はにんまりと笑う。降りる駅名を言っても貴一さんは目的地がわかってないみたいで、これは軽くサプライズになるかもしれないと思った。

(喜んでくれたらいいけど……)


目的の駅で降りると、私たちの他にも結構な人が下車していた。


(みんな考えること同じかぁ)

そんなこんなを思いながら貴一さんを連れて改札を潜り抜け、長い地下通路を歩く。

そして、地上に出た時……


「あー。なるほど」

貴一さんは納得したようにくすりと笑った。

駅の出口のすぐ目の前の大きな公園には、ライトアップされた桜並木。それから屋台がたくさん出ていた。

此処は、いわゆるお花見スポットだ。


「あたし、夜桜って見てみたかったんだよね」

「せっかくの夜桜に、こんなおじさんと一緒で良かったの?」

まるで試す様にそう訊かれてドキンと心臓が高鳴る。そうだよね、こんなのむしろ私の方が貴一さんの事好きみたいだ。



「だって貴一さんと一緒なら補導もされないもん」

かぁっと熱くなる胸の内を悟られないように、おどけた風にそう言い返す。
すると貴一さんは私の反応に大人っぽくくすりと微笑んだ。


「なるほどね」

ぽふんと頭を撫でられる。
かぁっと頬が熱くなる。


(って、なんであたしが照れないといけないのよっ!)

大人の余裕を見せる貴一さんに私の方が負けてるみたいな気分だ。

< 243 / 257 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop