ヒカリ


水族館は深い海の底。
青い光が足下を照らす。
魚たちがゆったりと水の中を泳ぎ、自分も水の中に沈んでいるような気持ちになる。


「きれいだね」
邦明が言う。

「うん」
奈々子は素直にうなずいた。


もし結城とここにいたら、とてもこんなに落ち着いて水の中を見ていられない。

あの人の動き、
息づかい、
視線を気にしてしまう。


想像する。
結城の横顔が青く染まる様子を。


奈々子は急いでその映像を打ち消した。
今一緒にいるのは、自分が納得して付き合った彼氏だ。
結城ではない。


それからイルカのショーを見た。


邦明はかかる水しぶきにはしゃいでいる。
奈々子もはしゃぎたいのに、とてもそんな気持ちになれない。

どうしてだろう。
イルカは可愛いし、楽しいはずなのに。


「ここのレストランを予約してるんだ」
邦明が水族館入り口近くを指差した。

「トイレに寄ってもいい?」
奈々子が言うと
「じゃあ、俺も」
と言って邦明は男子トイレに入って行った。


奈々子はトイレの個室に入ると、溜息をつく。


「つまんない」


思わずそう口に出して、奈々子はあわてて口を押さえた。


待ち合わせをしてから、たったの二時間。
それなのに奈々子はもう帰りたくて仕方がない。


まだこれから食事をするのか。
帰りたい。


今日は正式のデートだけれど、結城と過ごした時間の方がずっと楽しかった。


あの日、ドキドキしていた。
一日中一緒だったけれど、
疲れたけれど、

でもドキドキしてた。


「邦明さんと付き合ってるのに」
奈々子はうつむいた。


レストランはとてもロマンチックな場所だった。
たくさんの水槽に囲まれて、料理もおいしかった。


邦明はビールを三杯ほど飲んでいる。
奈々子のお酒はなかなか進まなかった。
けれど会話は思ったより弾んだ。
邦明は話し上手で、それから聞き上手だった。
こういう人こそ営業に向いてるんだな、と思わせるような人だ。

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