ヒカリ


そこに扉が開き、邦明が入って来た。
グレーのスラックスにワイシャツ。
笑顔で「遅くなりました」と言った。


奈々子は緊張しながらも会釈する。
邦明も気まずそうに会釈をした。


奈々子の隣に邦明が座る。
彼は急いで来たようで、汗をかいている。
隣にいても彼から熱気を感じた。


「ビールでいい?」
珠美がオーダーする。

「サンキュー」
と言って、邦明がハンカチで額をふいた。
それからちらりと奈々子を見て
「久しぶり」
と言った。

「久しぶり」
奈々子も言う。


お刺身や串焼きなどの料理がそろい、場が盛り上がり始めた。
話し上手な林さんと邦明、そして珠美がいるおかげで、楽しい気分になる。
邦明と会うという緊張感も徐々にほぐれて来た。


「林さん、意外と強引ですね」
奈々子は驚きながらそう言った。

「でしょう。あんな風に誘われたら、そりゃ『はい』っていっちゃうもん」
珠美が舌をだす。

「いや、必死だったんだって」
林さんが笑いながらビールを飲んだ。

「でも無事成功。よかったですね」
邦明が言う。

「ありがとう。奈々子さん達もうまくいくといいね」
林さんが上機嫌に言った。


邦明と奈々子は目を見合わせ、気まずく黙り込む。
珠美がすかさず「これからだから!」と口をはさんだ。


「俺、ちょっとトイレ」
林さんが席を立つ。


店内には流行のJ-POPが流れている。


「おもしろい人だね」
奈々子が言った。

「うん、まあね」
珠美が言う。


それから「邦明、ほら」と促した。


「奈々子さん」
邦明が改まって身体を奈々子に向ける。

「はい」
奈々子はとたんに緊張する。

「ごめんなさい。嫌な思いをさせて」

「いえ、こちらこそ、なんだか……本当にごめんなさい」

「ゆっくり行きましょう。お試しなんだし。あの、大切にします」
邦明はそう言うと微笑んだ。

「はい」
奈々子はうなずいた。


これでいいんだ。
結城は自分とはやはり住む世界が違いすぎた。
< 156 / 228 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop