ヒカリ


朝日の暖かさで、奈々子は目を開ける。
窓からオレンジ色の光が差し込んで、毛足の長いグレーのカーペットとベッドの上に道をつくっている。


奈々子は身体を起こした。


ベッドの周りには、二人の衣類が脱ぎ捨ててある。
ここ何日か、求め合う気持ちに歯止めがかからない。
昨日は夕食を食べることもしなかった。


そんなことどうでもいい。
ただ早く結城に抱かれたかった。


隣を見ると、柔らかな枕に顔を半分埋め、うつぶせに寝ている結城がいる。


静かな呼吸音。
奈々子は顔を寄せて、結城の顔を見つめる。


女性にも見える美しい顔立ち。
朝の穏やかな光に頬が光る。

あ、ここ。

奈々子は結城の耳の後ろにほくろを見つけた。


さらさらの黒髪も、よく見ると耳の辺りが少しカールしてる。

くせ毛なんだ。

顔を見ると、うっすらとあごひげが生えていた。



男の人だ。
人間だ、この人。


そこで結城がぱちっと目を開けた。
奈々子は驚いて身をひく。


「何みてんの?」

「えっと……」

「みとれてんの?」

「たぶん」


奈々子がそう言うと、結城は笑う。
目をこすり、身を起こした。


きれいな身体。
細いけれど、筋肉が適度についている。
背中から腰にかけてのラインが美しい。


結城は奈々子の髪をいとおしそうになでた。
そしてキスをする。


「だんだん声が大きくなってきた」
結城がそう言うと、奈々子の頬は熱くなる。

「だって、出していいって」

「いいんだよ」
結城は再び奈々子にキスをした。


そのまま首筋から鎖骨、肩にかけてキスをする。

奈々子は昨夜の感覚を思い出し、思わず身をそらせた。



どれだけの経験をすれば、女性を酔わせられるようになるんだろう。
関係を持った女性すべてに、奈々子と同じようなことをしたんだろうか。

奈々子は結城の顔をまじまじと見つめた。


「何?」

「別に」
奈々子は横を向く。

「……余計なこと考えてるでしょ。何人の女の子とセックスしたのかな? とか」

驚いて奈々子は目を見開く。
「超能力者?」

「俺、そういうのよくわかるんだ。知りたい?」

「……知りたい……」

奈々子は身構える。
聞いたらきっとショックを受ける。
でも好奇心の方が勝った。

「正直に言えば、覚えてない。人数も、人も。あれ、この子もしかして前に抱いたっけ? って思うときもあった」

「はあ」
納得がいく。
一人二人では、こんな風に女性を扱えないだろう。

「最後の一瞬の快感のために、女の子を一生懸命その気にさせるんだ」
結城は奈々子を倒し、上から見つめる。

「でも最後の瞬間に至るまで、自分のことじゃなく相手のことだけ考えているのは、これが初めて」
結城が奈々子のおでこにキスをする。

「こんなにセックスに夢中になったことない。いや、女の子に夢中になったのが初めてかも。奈々子がだんだん大胆になっていくのも、すごく楽しいし」

「ちょっと」
奈々子は思わず赤面した。

「今度は奈々子から『抱いて』って言わせたい」

「それは……難しい」

「なんで? じゃ、今から言わせる」

「ま、待って」

「どうして?」

「昨日からずっと、なんていうかここにいるから、お腹も減ったし……」

「減らないよ」

「シャワーも浴びたいし」

「ええ! ダメダメ! まだベッドから出ちゃだめ」
結城は奈々子の身体に後ろから腕を廻し、ベッドに引き止める。

「なんか……これじゃ、溺れてるみたいで」

「それって駄目なこと?」
奈々子の顔を結城に向かせ、唇を奪う。



深くて、濃厚な口づけ。


「俺は溺れてる」



太陽がゆっくりと昇り始める。
部屋はどんどんと明るくなる。
お互いの身体に腕を廻して、キスし続ける。

光が結城の身体を照らす。
オレンジ色に染まっている。


溺れて、息ができない。


彼にキスをされると、思考がとまり、身をゆだねたくなる。


「抱いて」


思わずそう言いそうになった。

奈々子は結城の首に手をおき、彼を見上げる。



そこで気づいた。
なんだろう、これ。

結城の首にぐるりと跡がある。
奈々子は指でその跡をなぞった。


結城の動きが止まる。
目を開き、奈々子を見下ろした。


「これ……」
奈々子は結城の目を見つめた。

「……よく見てるね」
結城が言う。

「傷?」

「そう。ほとんど見えないくらいには、消えてると思うけど」

「これって……」

「昔、首を吊ったんだ。そのときの傷」


奈々子は結城の顔を信じられない思いで見上げる。
「なんで……」

「若かったから」
結城はそう言うと笑い、奈々子の目を覗き込む。

「心配してる?」


奈々子はなんと言ったらいいかわからず、黙り込んだ。

「大丈夫。昔のことだから。もう死のうとしたりしないよ」
結城はそういうと奈々子の目尻に口づける。


「もう昔のことなんだ」
結城は目を閉じた。

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