ヒカリ


高いマンションやビルが並ぶ道の間を、まっすぐに歩いていく。

コンクリートを踏みしめて、
下を向かないように、
振り返らないように、
それから走り出したりしないように、
心を落ち着けて歩いた。


結城は奈々子の背中を見送ってるだろうか。
それとももう彼も背を向けただろうか。


冷たい風が奈々子の頬にあたる。
東京の排気ガスの匂い。
目の奥が痺れて、痛い。



奈々子は結城に恋をした。
それは本当に甘くて、夢のようだった。
彼の作られた優しさや計算された行動に心奪われた。



でも結城を愛していると思ったことはなかった。
そんなこと、考えもしなかった。
結城が拓海のために身を犠牲にしようとするその愛情と、自分の感情とでは比べ物にならないと思った。




でもなんで今、こんなに胸がちぎれるほど、この別れが痛いんだろう。




もう少しで大通りへと出る道に入れる。
あとちょっと。
もう少し。

奈々子は唇を噛み締め、震えそうになるのを必死に堪えた。




本音を知ってからの方が、結城を気にしだした。
容姿や表情、目に見えるものは関係なくなった。
彼がどんなに魅力的に振る舞っても、彼の心のうちを思い、胸が締め付けられた。




あの人のために、何かしてあげたかった。

自分が彼を幸せにしてあげられる人ならいいって。
何度も。
何度も。

昼も夜も、
寝ても覚めても、
何をしてても。

そんな思いが、心に浮かんだ。



あと少し、本当にあと少しで、彼の視界から消えることができる。
もうちょっとで。




コンビニの角を大通りの方へ曲がった。

思わず手の平で頬を拭う。

二三歩歩いて、それからたまらず立ち止まった。


嗚咽が漏れる。
両手で頬を拭う。


声を出して泣き出した。
誰かに見られてもかまわなかった。



胸が痛い。
本当に。



この感情を「愛」と呼ぶ人もいるかもしれない。

たくさんの車が走って行く音に、奈々子の泣き声はかき消される。




そうか、これが人を愛するってことなんだ。




< 227 / 228 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop