甘ったるい嘘吐き
漱石の、言葉を借りて
それは、本当に唐突なことで。



「先輩、月が綺麗ですね」



となりを歩く後輩が、無表情で放ったその言葉に。

あたしはまず自分の頭上に広がる紺色の空を見上げ、ぐるりとその闇に視線を巡らせてから。

再びとなりの人物へと顔を向け、首をかしげた。



「嘘つきだ真鍋、月なんてどこにも見えないじゃんー。それとも真鍋には見えてんの? どんだけ目悪いの? そのメガネ度合ってないんじゃない?」

「………」




今日は朝からずっと曇っていたから、月なんて見えるはずないのに。

いきなりコイツは何を言っているんだと、思わずくちびるをとがらせた。

するとそんなあたしの発言を聞いて、真鍋はふーっと、真っ白な深いため息をひとつ。



「……志乃先輩って。本当に、残念な人ですね」

「なっ?!」



メガネ越しの、心底憐れんでいるようなその視線に見下ろされ、反射的に抗議の声をあげる。

あたしはまたくちびるをとがらせて、それからさらに深く、マフラーに顔をうずめた。
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