恋人を振り向かせる方法


「どうすんのよ、これ•••」

右半分の髪が洗った様に濡れていて、雫が規則的に落ちている。
とりあえず、ハンカチで拭いてみたけれど、とても乾く状態ではない。
あの三人、よくもやってくれたものだ。
上司に泣きついて、部署にクレームを入れてやろうか。
そんな気が起きたりしたけれど、それでは敦哉さんに迷惑がかかってしまう。
原因は、私たちの交際なのだから。
とにかく、周りには何でもない振りをしていよう。
寝癖を直したとか言えば、誤魔化しもきくはずだ。
気を取り直し、化粧室を出たところで、タイミング悪く敦哉さんに出くわしたのだった。

「愛来!?お前、どうしたんだよ」

この姿を驚かないわけがなく、敦哉さんが飛んで来た。

「寝癖を直してたらやり過ぎて。髪が濡れちゃった」

苦笑いを浮かべて、何とか誤魔化してみる。
きっと敦哉さんなら、同じノリで返してくるに違いない。
そう思ったけれど、笑いを浮かべる私に怖い顔を向けたのだった。

「朝会った時は、寝癖なんてついてなかったけどな」

「えっ!?」

そうか。
朝会っているのだから、敦哉さんには通用しない言い訳だったと、今さらながら気付く。
他にどんな言い訳をしようかと戸惑いを見せる私の腕を、敦哉さんは強く引っ張ったのだった。

「敦哉さん?どこへ行くの?」

腕が抜けそうなくらいに痛い。
無言で硬い表情のまま、敦哉さんが連れて行ってくれた場所は、社内にあるパウダールームだった。
ここは、夜中に勤務する社員用に、簡単なシャワールームがついている。
もちろん、洗面台にドライヤーもついているのだった。
その一室に入り鍵を掛けると、敦哉さんは迷いなくドライヤーを取る。
そして、私を椅子に座らせると髪を乾かし始めたのだった。

「もしかして、何か嫌がらせされた?」

丁寧に濡れた髪を乾かしてくれながら、敦哉さんは優しく聞いた。
それだけでも胸がときめくというのに、鋭い指摘に甘えたくなる。
だけど、どうしても頷くことは出来なかった。

「愛来が出てくるより少し前に、他部署の女子社員が出てきたのを見たんだよ。その後、愛来が出てきたんだから、何かあったと思うのが普通だろ?」

さすがは敦哉さん。
ここぞというツボは抑えている。
だけど、それでも黙ったままの私に、大きくため息をついたのだった。
いつの間か、すっかり髪は乾いていて、敦哉さんはドライヤーを収めていた。

「ありがとう、敦哉さん。外回りに行くんだったんでしょ?時間、大丈夫?」

すると、ふてくされた顔で答えてくれたのだった。

「アポじゃないから大丈夫。それより、少しくらいは甘えて欲しいな」

「え?」

「何で、ちゃんと言ってくれないんだよ。俺は、愛来に甘えて欲しいのに」
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