恋人を振り向かせる方法


どうしてそれを知っているのか。
その答えは簡単だ。
海流が喋ったからに違いない。
その追及は後にする事にして、今は二人に集中する。
それにしても、敦哉さんに海流との関係まで知られたのだから最悪だ。
元カレとキスをしたのだから、敦哉さんへの気持ちが疑われてしまうに違いない。
自業自得とはいえ、それは気持ちの上でかなりキツイ。

「愛来がそうしたのは、俺の責任でもあるから」

それでも庇ってくる敦哉さんの言葉に胸が熱くなる一方で、やっぱりキスの事は、私の前では無かった事にしてくれただけなのだと分かった。

「どういう事?俺の責任て」

事情を全く知らない奈子さんは、怪訝な顔で見上げている。

「愛来には、付き合って貰ってるから。お前との結婚を白紙にする為に、愛来には付き合って貰ってるんだよ。俺たちの関係は、いわゆる偽装ってやつだ」

「何よ、それ!?敦哉くん、どこまで私をバカにするの?」

奈子さんは顔を赤くして涙を溢れさせている。

「バカにしてるわけじゃない。ただ、奈子とは結婚出来ない事を、とにかく分かって欲しいから•••」

敦哉さんも、どれほど苦しい思いで言っているか、口調だけでよく分かる。

「私の事が嫌いなの?」

目を真っ赤にした奈子さんが、問い詰める様に敦哉さんに言った。

「違う!そうじゃない。むしろ、奈子の事は好きだ。俺にとっては、誰よりも大切な存在なんだ」

「だったら、どうして?敦哉くんは、何でも逃げ過ぎなのよ。お父様の事だってそう。どうして逃げるのよ。正々堂々と戦えばいいじゃない。逃げてばかり」

そのセリフは、まるで私がさっき海流から言われたセリフの様だ。
二人して同じ事を言われているのだから、世話無いか。
黙ってしまった敦哉さんに、奈子さんは睨む様に視線を向けた。

「敦哉くん、キスして。そして、私を抱いてよ。たった一回きりだったけど、私、また敦哉くんに抱かれたい。好きなの。本当は諦めようかとも思ったけど、愛来さんの話を聞いたらそんな事出来ない。お願い、敦哉くん」

「奈子•••」

再び目を潤ませた奈子さんに、敦哉さんはキスをした。
それも強く体を抱きしめて、キスの音がこちらにまで聞こえてくるくらいに。

「敦哉くん•••」

かろうじて名前を呼んだ奈子さんの唇を、敦哉さんは再び塞ぐ。
目をそむけたくなる光景だというのに、さらに追い打ちをかけるかの様に、二人の乱れる息遣いが聞こえてきて、胸が張り裂けそうなくらいに苦しい。

「敦哉くん、お願い。抱いてよ」

奈子さんの意地らしいくらいの願いに応えるかの様に、敦哉さんは部屋のドアを開けると、奈子さんの腕を引っ張り中へと入って行ったのだった。
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