恋人を振り向かせる方法


時刻は深夜をとっくに回り、病院も不要な場所は薄暗い。
物音一つしない静かな廊下から、慌ただしい靴音が聞こえてきたのだった。

「敦哉!?」

それは、敦哉さんと奈子さんの両親で、敦哉さんのお父さんは顔が青ざめている。
そして、お母さんはというと、敦哉さんの姿を見るなり、その場に泣き崩れたのだった。

「皆さんには、電話で話した通りです。敦哉の方は奈子を庇ってる分、回復見込みも言えないほど深刻みたいで•••」

高弘さんはそう言うと、敦哉さんへ目を移した。
どうやら、高弘さんが連絡をしていたらしい。
こういう状況下で、何て頼りになるのだろう。
高弘さんには、あまりいいイメージを抱いてなかったけれど、その印象は180度変わっていた。

「え〜?やっぱり、奈子のせいなんじゃない。最悪なんだけど、あの子。自殺とか、何考えてるのよ。どこまでも迷惑な子」

ガラス越しに敦哉さんを見た奈子さんのお母さんが、ため息混じりにそう言ったのだった。

「お前、こんな場所でやめないか」

制止するお父さんに、お母さんは悪びれた様子もなく欠伸をした。

「夜中に呼び出されて迷惑なのよ。どうせ奈子は死でないんでしょ?だったら、私帰るわね。あなたが、今後の事を新島さんと話し合ってよ」

軽く手を振りながら、お母さんは身を翻した。
何て血も涙もない人なのだ。
例え血のつながりが無くても、奈子さんを育てた人ではないのか。
あまりにも冷たい態度に頭にきた私は、足早にお母さんを追い越すと、その行く手を塞いでいた。

「何?邪魔なんだけど」

お母さんは眉間にシワを寄せ、私を睨んでいる。
だけど、それに怯みはしなかった。

「その言い方は何ですか?あなた、奈子さんのお母さんなんでしょう?それなら、どうして顔を見に行ってあげないんですか?奈子さんも、まだ意識が戻ってないんですよ」

すると、お母さんは鼻で笑ったのだった。

「何を偉そうに。だいたい、こんな事態になった原因は、全てあなたにあるんじゃない」

「え?私?」

「だって、そうでしょ?あなたが、敦哉くんを横取りしなければ、奈子は追い詰められる事なんてなかった。全ては、あなたのせいなのよ」

「そ、それは•••」

さっきまでの威勢はどこへやら、すっかり気圧された私は、言葉が続かなかった。

「分かった?あなたは疫病神なの。一端の庶民が、セレブの世界に入ってくるとね、混乱するのよ。敦哉くんに、もしもの事があったら、その責任は大きいわよ?何せ、新島グループの一人息子なんだから」

そう言い放ったお母さんは、私を押しのけると再び歩み始めた。
すると、高弘さんがお母さんを呼び止めたのだった。

「おばさん、それは違うんじゃないですか?奈子は、ずっと家族の愛情に飢えてた。その寂しさが、いつしか敦哉に執着する気持ちに、変わっていったんだと思いますよ」
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