花嫁指南学校

3

 翌日、幸恵は市内にある越仁会の事務所に呼ばれた。越仁会の人事担当者が電話をかけてきて「是非とも我が社の採用面接試験を受けてほしい」と直々に打診してきたのだ。オファーがあったのはグループ傘下の飲食店での接客業務ではなく事務所での秘書業務である。

 昨夜の権藤社長の調子を思い出すとすんなり引き受けてもいい話かどうかわからなかったが、とりあえず話だけでも聞いてみようと幸恵は思った。

 幸恵は紺色のスーツ姿で受付の呼び鈴を鳴らした。担当者に面接室へ連れていかれると、そこには権藤と二人の社員が座って待っていた。

「根津さん。今日は忙しいところ悪かったな」

 権藤は幸恵のことを名字で呼んだ。

「俺はあんたを社長秘書として採用したいと思って呼んだんだ。あんたは短大で秘書の勉強をしていたって聞いたもんだからさ。あんたに白羽の矢を立てた」

「それはどうもありがとうございます」

 幸恵は頭を下げる。

「実を言うと、私は今度、市内の会社で事務職に就く予定なのです」

「その話は昨日あんたの今の雇用主から聞いたよ。だけどそこをあえて頼んでいるのさ。うちはその会社の二倍給料を出すつもりだ。もちろん社会保障も付いている。どうせそこの給料は高卒の初任給並みなんだろう。色々差っ引かれたら手取りは一桁台になっちまうんじゃねえのか。それであんたの子どもを十分に養っていけるのかな」

 雇用の少ない田舎町で中途半端な立場の女に見つけられる仕事は限られている。幸恵が見つけたのは零細企業の事務職だった。

「ご心配どうもありがとうございます。御社はお給料をいっぱいくださるとのお話ですが、あちらの会社でのお仕事は薄給でも堅実なものだと思います。私はあの内定を蹴るのは惜しいのですよ」

「根津さんの考えていることはわかるよ。俺の会社に採用されるなんていう話はどこか胡散臭いんだろう」

 幸恵は何も返さない。
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