砂漠の夜の幻想奇談

まだ頭の中がマリアムやサフィーアのことでグチャグチャだった王子は、憂鬱そうに額を押さえた。

今は城の危機に向き合うべき時だ。

グチグチ悩んでいる暇はない。

心で自分に言い聞かせていると、兄のマルザワーンが意地の悪い笑みを浮かべた。

「なんだお前、まさかまだ引きずっているんじゃあるまいな」

「え…?」

「マリアムだったか?一年前に死んだ女のことだ。あれからお前は腑抜けになったからなぁ」

「っ…!」

不意打ちに急所をつかれた。

「あの女、絞首刑だったそうだな。あれ程の美人が見るも無惨な最期とは――おっと、根性無しのお前は刑を見に行かなかったんだっけか?」

「…………行きましたよ。遠目からでしたが…」


近くで見ることなんてできなくて、遠くから彼女の長い黒髪を見た。

受刑者の顔にはすぐ布がかぶせられ、死に顔を曝さない配慮がなされてから刑は執行された。


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