水のない水槽

優しい寄り道

「せ、先輩! 降ろしてください!!」


先輩が1歩進むごとに、突然のできごとで麻痺していた羞恥心が募ってくる。


そう、この体勢は……いわゆる゛お姫さま抱っこ゛状態。


浴衣だし、気を使ってくれてるんだろうけど、さっきから周囲の視線が痛いのだ。


「いいから、もう少し黙ってて」

「え、でも…」

「動くと重い」

「…ご、ごめんなさい……」

「冗談だよ。とにかく、大通り出るまでは、ちょっと待って」


クスッと笑う先輩から、シトラスミントの香りがした。


ドクンドクン――…。


自分の心臓の音がやけに大きくて。


ドクンドクン――…。


先輩に聞こえるんじゃないか、心配で。


何も言えなくなってしまう。


「…さっきはごめん」

「木下にあたるコトじゃなかったのにな」

「ちょっと苛々してた」


……先輩が悪いワケじゃないのに、そんなこと言わないで――。


わたしを気遣った優しい言葉に、心臓のドクンがズキンへと変わっていく。
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