笑顔の君(仮)

日立くん

 
「ちょっとちょっとちょっと!
あれはどういうこと!?」


 私の友達──川水優愛が私に迫った。
けれど、私の答えを待っているのは優愛だけでなく、クラスのほとんどが聞き耳を立てていた。

 それもそのはず。
なんたることか、日立くんは私を教室に送り届けるなり、みんなの前で「柚音は俺のだから手出しすんじゃねーぞ!」と大見得をきってくれたのだ。
色恋沙汰なだけでも高校生、特に女子高生にとっては美味しい話なのに、それがこの学校のサッカー部のエース様の話となれば、飛び付くのは女子だけではないだろう。
結果として、優愛はみんなの気持ちを代弁したことになる。

 さて、何と答えたものか。
偽物ではあれ彼女になったのだから答える内容は一択だ。
しかし、答え方を間違えれば日立くんのことを好きな女子を敵にまわすのは必至。
どっちにしろ尾ひれがついて噂が広まるのは目に見えているけれど、元の内容が希薄なことにこしたことはない。


「で?
日立くんと何があったの!」

「彼女になった」


 クラスがざわつく。
当たり前だ。
彼は今まで告白を全て蹴ってきたというのだから。


「どっちから告白したの?」

「私だよ」

「柚音が日立くんに興味持ってるとは思わなかったけど、よかったじゃん!
友達としては嬉しい限りだわ」


 また色々話聞かせてね、と言って優愛が席に戻ると同時に始業のチャイムが鳴った。

 扉を開けて教室に入って来た先生を見て、次は生物だったか、と机から教科書諸々を取り出した。
先生の声が、過ぎるほどに教室に反響して響く。
うわんうわんと耳鳴りを助長しているようだった。

 やはり日立くんの申し出は断るべきだっただろうか。
これから先を思いやると頭が痛い。
それでも、私を俺のものだと誇示する日立くんの表情はまるで子供で、無邪気な日立くんからは目が離せなかった。
一喜一憂という言葉は彼にこそ似合う気がする。
私の前でころころ変わった彼の顔を思い出して、先生に気づかれないように小さく笑った。

 ここで私の中にひとつの悩みが浮かんだ。
彼女らしいこととはなんだろうか。
生まれてこのかた、彼氏がいたことなど一度もない。
引き受けたのだからやるならしっかりこなしたいとは思うけれど、如何せん何をしたらいいのか分からない。


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