不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く

しかし王の言葉で現実に引き戻される。


「さあ、姫よ、王子を案内してさしあげなさい」


ハッとして、わたくしはラフィンに向きなおる。


「ラフィン様、本日はご足労頂きありがとうございます。道中お疲れかと存じますので、お部屋まで案内させて頂きますわ」


「ああ、ありがとうございます」


ラフィン越しにもう一度騎士たちの方を盗み見る。しかし、ディランは目を伏せたまま、こちらを見ようともしない。


それも……道理なのかもしれない。


彼はもうわたくしの騎士ではなく、ましてやいくら想いが同じだったとて、それは認めてはならない気持ちなのだから。


わたくしも彼から視線を外す。
大丈夫、彼はまだここにいる。一度だけでいい、もう一度だけあの人と話がしたいだけなのだ。あとでどうにか探しに行こう――。


そしてわたくしは未来の夫となる人の手を取って歩き出した。


―――――
―――――――――


「……どうして、いないの……」


わたくしはディランの部屋の前で呆然と立ち尽くしていた。


こんなことを、明日に式が控えている一国の王女がするべきではないと頭では分かっていた。
誰かに見つかった時点で、部屋に連れ戻される。
それならばまだいい、最悪、式の前日の真夜中に他の男――たとえそれが元専属騎士であっても――に密やかに会いに行くなど、式自体が中止になっても文句は言えないくらいの危ない橋をわたくしは渡っている。


結局、あれからディランには一度も会うことはなかった。晩餐はラフィン殿下と取り、その後殿下と二人で、もうこちらに来ている来賓の方々や、王家の人々に挨拶へ行き、最後に式の段取りをもう一度確認して――。


自室に戻るころには、日付を跨いでいた。
それから豪奢な衣装を脱ぎ、地味なドレスを纏うと、わたくしは部屋を抜け出した。他国の王子や来賓の方もいるからか、いつもより警備が固いため、抜け道を通りつつ必死で駆けた。


いま会えないと、もう話しかけもできない……後がないという焦りがわたくしを駆り立てる。


そしてやっとのことで辿りついた部屋に、彼――ディランの姿はなかったのだ。


(この城に帰ってきたのなら、まだ自室扱いになっているこの部屋に泊まると思ったのに……)


それとも、もう近衛兵宿舎に移ってしまったのだろうか。


そんなわたくしの頭の中に最悪の状況が浮かぶ。
もしかしてディランはもうこの城にはいないのではないか。


サッと血が失せていく。


そういえば、父は一度呼び寄せると言っただけでいつまでいるかは口にしていない。もしかして、王子の護衛を終えた時点でこの城にはもう用はないのだったら―――!

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