極上エリートの甘美な溺愛



「今日のお客様、もう少しで契約なんですよね?」

「ああ、ほぼ決まってるんだけど、細かい質問を幾つかしたいらしい。俺にも答えられるものだと思うけど、葉山が来てくれると正確な答えを出してくれるから心強い」

「……そう言ってもらえると、嬉しいんですけど。二世帯は初めてなんで、お客様の生活習慣だとか求めているものだとか、私の方が勉強させてもらう事が多いかもしれません」

「まあ、そうやって色々と経験していくことも必要だしな。まあ、今回もよろしく」

「はい。こちらこそ」

何度も一緒に仕事をしている間柄のせいか、気安い笑顔を交わし、二人は頷いた。

こうやって篠田の自動車に乗ることも多く、沙耶香以上に助手席を温める時間は多いかもしれない。

そのことを沙耶香が羨ましがっていると知ったのは今日のお昼休みで、ピアスを篠田の車に落としていたのもそれが理由らしい。

3年も篠田とつきあっているなら、それなりの自信も生まれているだろうに、わざわざ自分の存在を玲華に知らしめようとする行動が可愛く思えて、玲華は沙耶香の新たな一面を知ったように思えた。

確かに、自分の恋人の車に自分以外の女性が当然のように乗っていればいい気分じゃないだろう。

玲華は二人が付き合っていることに気付いて以来、篠田の車に乗ることに少し躊躇するようになったが、仕事でのつきあいが続いている以上仕方がない。

入社してすぐに買ったというこのセダンは、篠田が友人から安く譲ってもらったもので、今年ちょうど何度目かの車検を控えて『Rin』に買い替えを決めたらしい。

走行距離もかなりのもので、買い替えるには十分な働きを見せてくれたこの自動車には、玲華が入社して以来篠田から多くのことを教わったり、仕事がうまく進められない悔しさに涙を流したりした多くの思い出が残されている。

新車に乗り換えることは賛成だし、反対する理由も資格もないとわかってはいても、長い間親しんできた空間がなくなってしまうことに寂しさも感じていた。

もしかしたら、今日がこの車に乗るのは最後かもしれないな、と感傷に浸りながら助手席のドアに手をかけた時。

玲華がドアを開けるのを止めるような大きな声が聞こえた。

「玲華!」

その声に玲華は体をぴくりと震わせ振り返った。



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